漢方と細菌学

湯本求真の『臨床応用漢方医学解説』を読む。大阪の同済号書房から大正6年に出版されたものが近代デジタルライブラリーに入っている。湯本は和田啓十郎に憧れて皇漢医学を再興させた、昭和漢方の再興の巨人である。

日本の近代公衆衛生はコレラの流行の産物であるといわれていて、これはおそらく事態のかなりの部分を的確に言い当てていると思う。私は、ヨーロッパとの対比でいったときに、中世から近世にかけてのペストの不在と、天然痘の常在化が、明治政府にとって公衆衛生の「デフォルト」を形成していたという議論をしたことがあるが、これは、はっきり言って、まだ生煮えの議論であって、取るに足らないことしか言っていない。

コレラが近代公衆衛生を産んだという現象の輪郭と構造を確かめるためには、近代公衆衛生としばしば対比される漢方医学はコレラの結果どうなったのかという問題をざっと調べる必要がある。それで、漢方医学とコレラ流行を中心にした細菌学との関係を眺めている。

この本は、とても面白いことがたくさん書いてあった。一番大事なポイントだけいうと、明治初期から続いていた、吉益東洞の「毒」の理論を「細菌の毒素」に読み替えて、細菌への対応を中国医学の中に組み込むということからさらに一歩踏み込んだ形で、病原体と体質という二元論を持つようになっている。ここに、漢方薬は病原体をたたくというよりも体質を改善する医学であるという、西洋医学とのすみわけにいたる構造が明瞭にあらわれている。ちょっと拍子抜けがした。