必要があって、ルネ・アランヂー『西洋医学の没落』(東京:先進社、1931) を読む。
桜沢如一が訳していて、中山忠直が「跋」を書いている。桜沢はマクロビオティックの食養生から「無双原理」という宇宙論の唱道者になり、中山は漢方医学のプロモーションだけでなく社会思想家にもなるらしい。図書館のカタログには、この書物の原著者は Rene Alandy であると記されているが、これは、もちろん、Rene Allendy (1889-1942) で、パラケルススの研究者にして、フランスに精神分析を導入した初期の大物の一人。パラケルススの研究者として、きっとユルスナールの『黒の過程』に影響を与えていることだろう。また、精神分析医としては、彼が分析した患者にはアントナン・アルトーやアナイス・ニンもいるとのこと(これはついさっきウェッブ上で知ったことですが・・・笑)。 勤務先の大学図書館にはカタログを訂正するようにメールを打っておいた。
桜沢の序文と中山の跋を読むと、すごくあやしいトンデモ科学的な内容を想像するかもしれないけれども、アランディーの書物自体は、執筆当時の基準で言うと、それほどあやしくないし、むしろ当時の先端的な医学思想をまとめながら紹介していると言える。また、「西洋医学の没落」は、桜沢と中山の意向を濃厚に反映して、原著の意図をややゆがめたタイトルというべきで、東洋医学の優越を説いているわけでは全くない。 パスツールに代表される(少なくともアランディーの攻撃のターゲットはパスツールである)特定病因説とそれを支えた細菌・病原体説が、外科と衛生学には大いに貢献したが、それ以外の臨床と治療においては恩恵が極めて少ないこと、病原体の特異性から、個人の体質の特異性に視点を変えるべきであることを論じている。前者の指摘は総じて正しいと言ってよいし、後者は、アレルギー、免疫、クレッチマーの体質説など、当時の最新の医学の知見を縦横無尽に駆使して論じられている。こういったことから、分析的な医学は外科と衛生学という成果を残してその役目を終え、それ以外の治療を主導するパラダイムとしては破産しており、医学の未来は「総合的」で、病原体よりも患者に注目するべきであると論じている。