熱帯医学のパラダイム

 マンソン以前の熱帯医学についての論文集を読む。文献は Arnold, David ed., Warm Climates and Western Medicine: The Emergence of Tropical medicine, 1500-1900 (Amsterdam: Rodopi, 1996). 

 アーノルドが編集した本書には、ウォボーイズ、ハリソン、カーティンをはじめとするいつものメンバーが顔を揃えている。前半は色々な話が並んでいるが、アフリカから大量の奴隷が移入されたカリブ海には、奴隷とともにアフリカの病気も移入され、わずか半世紀の間にすっかり疾病環境が変化したというものが面白かった。後半はいわゆる細菌学革命と熱帯医学の成立の話。マンソンが熱帯医学を学問として確立させた1900年近辺というのは、細菌学、あるいは微生物病原説の黄金時代であった。それを受けて、それまでの「暖かい気候の下での病気」という環境的な概念は変容し、病原体とホストのエコロジーの概念が支配的になる。熱帯に特有の生物が媒介する感染症を熱帯病といい、それを扱う医学が熱帯医学であるというように学問と専門職が成立していく。

 私がある論文で論じようとしているのは、これから30年経って、細菌学的な防疫から再び「暖かい気候の下での生理学」へと回帰した時代なんだ。今度は実験室の生理学だったけど。