鍼灸の西洋への紹介


 17・18世紀から19世紀までのヨーロッパにおける鍼灸の紹介の歴史を読む。文献はBivins, Roberta, Acupuncture, Expertise and Cross-Cultural Medicine (Basingstoke: Palgrave, 2000).

 本書によるとヨーロッパに最初に紹介された鍼灸は中国ではなくて日本の鍼灸だった。1674-75年に日本に滞在した長崎のオランダ商館つきの医師テン・ライネが、1683年にロンドンで出版した書物が、西洋への最初の鍼灸の紹介である。それに次ぐのは同じく日本に滞在したケンペルが1712年に出版し、28年の『日本誌』で翻訳・再版された医学書である。この二つの書物に始る、鍼灸のヨーロッパへの紹介を19世紀の終わりまで辿った研究書である。17・18世紀には、鍼灸への言及はまばらだった。ヴィク・ダジールの記述にも影響されて、1810年代に大きな興味の波があるが、それは10年ほどで終わってしまい、西洋で再び鍼灸への関心が高まるのは1960年代を待たなければならない。かなり研究しにくい波を持った現象なのだなと思う。

 面白かったことを二つ。まずは、第一章の「西洋医・中国医学と出会う」エピソードが文句なく面白かった。ジョージ・マカートニー(三跪九叩頭の礼を拒んだので有名な使節)が中国を訪れた時に、中国の医者が病人を診る現場に立会い、二人のイギリス人インテリがそれぞれの感想を記している。二人の感想はどちらも中国医学に否定的であり、同じ部分に着目し、似たような理由で中国医学を軽視している。二人とも奇妙だと思ったのはやはり「脈診」であった。10分以上も続き、いやに真面目な顔をして目を天井にむけたまま脈をとっている医者の姿は、二人ともあっけにとられていた。一人は「まるでハープシコードを弾いているかのようだった」と言っている。・・・どうすると、ハープシコードを弾くように脈をとれるのだろう? 腕や手首の色々な場所をさすったりすることだと思うけど。私、ちゃんとした中国医学の先生にかかったことがないので、この情景が想像できない。どなたか、分かる方はいませんか? 

 もうひとつは、とても面白い疑問の立て方と概念。簡単にいうと、どうして中国のお茶も絹も陶器も18世紀のヨーロッパで大流行したのに、中国医学とか薬とかは流行しなかったのだろう?という問いに尽きる。確かに乱暴な問いだけど、意外に深い問いかもしれない。同書の著者は、medical orientalism という概念だけでなく、medical merchantilism ――ヨーロッパから見てエキゾチックな土地の医学は、完成品ではなくて原料を提供するのだという、面白い概念を少し使っているが、これが関係あるのだろうな。