そしてエイズは・・・

 必要があって、エイズのドキュメンタリーの古典を読む。文献はランディ・シルツ『そしてエイズは蔓延した上・下』曽田能宗訳(東京:草思社、1991)

 ランディ・シルツのAnd the band played on はアメリカにおけるエイズ流行の初期を描いた傑作である。アメリカ建国200年祭で世界中から人々が集まった1976年から象徴的に話をはじめ、ゲイたちが、ありえない病気で死にはじめた1980年から本格的な物語を説き起こし、ロック・ハドソンの死がアメリカのエイズを最終的に認知させ、全米のエイズの患者が1万人を超えた1985年で話を終えている。医者たち、科学者たち、公衆衛生の行政官たち、ゲイの活動家たち、血液銀行、そして患者たちといった、さまざまな視点を交錯させた記述になっている。年代記ふうの枠組みも、この作品に「エピック」の風格を持たせ、巨大な規模の事件を語るにふさわしい体裁を整えている。

 数多くの印象深い人物が現れるが、やはり一番有名なのは“Patients O” (これがO (オー)なのか、0 (ゼロ)なのかというエピソードについては、Wikipedia に説明がある)であるフランス系カナダ人のガエタン・デュガだろう。カナダ航空のスチュワードだったデュガは「世界で最も美しい男」であり、無数のゲイたちの憧れの的であった。仕事で訪れたあちこちの街でも、行きずりのセックスの相手には事欠かなかった。初期の患者たちの多くは、この男と関係を持っていることが明らかになり、彼は公衆衛生官たちにマークされる。そしてエイズと診断されてからも、彼は行きずりの性交をやめなかった。

 「そのころ、八丁目とハワード通りの交差点のバスハウスに現れるブロンドでフランス語訛りの見慣れない男の噂がカストロ通りに流れ始めた。その男は相手を見つけてセックスしたあと、個室の電燈を明るくして、自分のカポジ肉腫の病変部を見せるという。『俺はゲイ癌なんだ。俺は死ぬが、あんたも同じさ』と彼は言うのだそうである。」

そして、ガエタンを公衆衛生官が説得しようとしたとき、彼は・・・・ 続きはこの書物でどうぞ(笑)

 この本は確かに長すぎる。全部丁寧に読んだ読者は少ないと思う。私も正直言って読み飛ばしたところの方が多い。ペンギン版で672ページ、日本語訳も二段組・二巻で合計800ページくらいある。エイズの話をする授業の前に読むところは大体同じである。しかし、叙事詩というのはもともと気が遠くなるほど長いものだ。20世紀後半の世界における最大の出来事を記した叙事詩を、古書だと二冊そろいで1000円程度の値段で書棚に並べられるのは、ちょっとした贅沢である。そのうち日本にエイズのパニックがきたときには、どこか大きな出版社が買い取って文庫化されると思うけど。