未読山の中から、医療が行われる建築空間を論じた短い本を読む。 文献は、Sloane, David Charles and Beverlie Conant Sloane, Medicine Moves to the Mall (Baltimore: The Johns Hopkins University Press, 2003).
医療の建築の研究というのは新しいトピックで、優れた論文や本はどれも最近のものである。この本は本格的な研究というより、おおまかなところを印象的にぱっとつかんだ本だけれども、面白い洞察がたくさんあった。話の大筋は簡単で、それまでは長いこと慈善と道徳と市民の団結の象徴であった病院が、20世紀前半に科学技術の殿堂となり、20世紀の後半にはより患者に対してフレンドリーな空間設計が意識され、20世紀末には医療の商品化を象徴するようなショッピング・モール型の病院が登場した、という流れである。
日本の病院とは違って、イスラム圏においてもヨーロッパにおいても、病院の起源として決定的に重要だったのは慈善・救貧施設という性格である。このあたりが、授業で病院の歴史を話すときに学生がまず文化的なギャップを感じるところである。かつては寄付者の美徳と施療患者の感謝、そして市の誇りを表現した建築であった病院は、20世紀にはいると新たに中産階級を受け入れて拡大し、最先端の科学技術を用いた治療が行われる空間へと変質していく。この時期の病院はシンプルで機能主義的なモダニストの外観を持った、科学性を表現した建築が多かったという。しかし1970年代からの患者の権利運動などを通じて、むき出しの科学技術主義を緩和するような、センチメンタルな温かみを持った空間設計が流行する。
近年では科学技術の集積地としての大病院は解体されて、「モール化」が進行しているという。ショッピング・モールの中に雑貨屋と並んで診療所が入り、あるいは医療センターはショッピング・モールに倣って建てられているという。(私は後者の例は見たことがないけれども・・・)このあたり、「モール化」という言葉で厳密に何が意味されているのか、ちょっと分からなかったけれども、いずれにせよ、20世紀末からの医療が、巨大小売空間で供されるサービスと類似のものになっていることを、その建築が象徴している。
先日、日本の医療の設計者であると自ら任ずる先生の講演を聴いたとき、「壁がない病院」 wallless hospital という概念を使われていた。機能があまりに集中しすぎた現代の病院の機能を空間的に分散しようというのが基本的なアイデアで、携帯式MRIなどを駆使して患者の自宅がハイテク化されると、日本の医療の色々な問題が解決するという話だった。確かに一理あるのかもしれない。それまでは一部屋いっぱい使っていた巨大電子計算機が、パソコンになって個人のデスクに分散したような方向を考えているのだろう。そうやって巨大病院が解体されると、コンビニにハイテク診療機器が設置されて、私たちはパスモやナナコに既往歴の情報を持たせて、機器にかざして読み取らせるのだろう。確かに便利なのかもしれないし、風景のそこかしこに病院の機能がある社会というのはすごく面白いだろう。それを使うとポイントがたまってプレゼントがもらえたりすると楽しい。・・・冗談はともかく、walless hospital は、realmedicine さんが書いていらっしゃるような、現代の日本の医療が抱える問題のうち具体的には何を解決するのかは全く分からなかったけれども。