『ダ・ヴィンチ・コード』


 事情があって(笑)、『ダ・ヴィンチ・コード』を読む。

 国際的なベストセラーで映画にもなった作品。キリスト教成立当初の秘密を守って中世以来それを伝えてきた秘密結社。その秘密を知っていたレオナルドが自らの作品に仕掛けた謎。その秘密が暴露されるのを阻止して自らの手におさめようとする「オプス・デイ」を名乗る反動的なカトリックの組織によって、結社の長でもあったルーブル美術館の館長が館内で殺される。館長は死ぬ間際に、フランス警察の暗号解読官である自分の孫娘と、ハーヴァードの美術史教授に、暗号でヒントを残す。警察とオプス・デイの追跡を逃れながら、美人の暗号解読官とハンサムな美術史教授が、秘密文書の所在を求める大活劇をロンドンとパリの観光名所で展開するというあらすじ。お約束のカーチェイスもちゃんと挿入されている。「アクション映画には必ずカーチェイスの場面をたっぷりと入れるべし」と合衆国憲法で定められていると、にわかには信じがたいことを聞いたことがあるのですが、それは本当のことなのか、誰か事情をご存知の方がいたら教えてください(笑)。 

 問題の秘密というのは、イエスとマグダラのマリアに関するもので、教会組織における男女平等を含意するものであったがゆえに、教会はその秘密文書が明らかになるのを恐れていた。オプス・デイは狂信的な男性中心主義を奉ずる集団である。このような設定を通じて、カトリック教会の歴史における女性の抑圧を告発するという政治的な配慮もされている。大ペストセラーになるだけあって、面白い。

 私はこの小説の主題であるキリスト教や秘密結社の歴史について、専門的な知識は一切持っていないから、出てくる話は、総じて面白く読んだ。もともと、フィクションに歴史的な正確さが欠けているとがみがみ言う学者に、私はあまり好印象を持っていない。しかし、この小説の作者は、「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている」という宣言を作品の冒頭でしているので、厳密に言えばこの宣言の中に含まれていないことだが、あえて言わせていただく。

 筆者は、上巻231ページ、「魔女狩りが行われた300年の間に教会が焚刑に処した女性の数は、実に500万人に達する」と書いているが、この「500万人」という数字は、歴史学者が合意している推定値とは天文学的と言っていい隔たりがある。カトリックとプロテスタントの双方の地域を含め、カトリック地域の中でも教会が関与したものとそうでないものも含め、また「焚刑」だけではなく死刑になった(この両者は量刑が違う)「魔女」を全てひっくるめた数字として現在の研究者が推定している約10万人という数字の50倍に上る数字である。「教会が焚刑に処した女性」という限定を厳密に取ると、おそらく100倍以上の誇張である。カトリック教会の女性蔑視と蛮行を誇張しようという意図が透けて見えるようなこの手の誤りを犯した上で、全てが事実であると書物の冒頭で宣言するのは、フィクションだということを差し引いても、不注意の度合いが過ぎる。

 ・・・と、つい、挑発に乗ってしまった(笑)。これが、まさに筆者のあざとい狙いなんだろうな。