『トリアングル』

出張中の無秩序で雑駁な読書の記事もこれでおしまい。俵万智『トリアングル』(中公文庫、2006)を読んだ。 

お会いしたことは勿論ないし、特に熱心な読者ではないが、俵万智さんには何となく親近感を持っている。大学何年生かの時に、生協書籍部に『サラダ記念日』が平積みになった。当時、インテリの女子大生の間では短歌を作るのが流行し、それほどインテリではない男子学生は、身近な女子大生歌人が作る短歌の鋭い切れ味に脅えていた。私たちの世代にとって、同年代から出た初めてのカルチャー・スーパースターは、私が思い出せる範囲では、やはり俵さんだった。 

ストーリーなんてどうだっていいのかもしれないけれども、一応書いておくと、33歳の独身女性フリーライターが主人公。彼女より年上の不倫相手がいて、エレガントでスマートで女性を安心させる優雅さがとりえのカメラマン。そのほかに、女主人公が関係を持っている男性がいて、これは彼女よりも年下で、若く力強い肉体を持ち、音楽に夢を掛けているフリーター。セックス、美味美食、ワイン、旅行などの人生の楽しいことが描かれる一方で、おそらく人生の転機にさしかかりつつある女主人公の心の揺れのようなものが主題をなしている。ところどころ、「女性雑誌を切り貼りして作られたストーリー」という印象を与えるところもある。主人公がハーブを入れたお風呂で半身浴をするくだりは、女性雑誌の「バスタイムを充実させるグッズ」の特集を読んでいるようで、ちょっと困惑した(笑)

いうまでもなく、この本のツボは、要所要所に挿入された俵さんの短歌である。たぶん、伊勢や源氏のような「歌物語」を現代に再生させようという試みなのだろう。短歌は、俵さんならではの、明快で切れ味があるものが多い。物語の中で既に描かれた状況を背景にして挿入された短歌は、短歌だけ読むよりもはるかにインパクトが強く、意味がくっきりと浮かび上がる。批評家の評価は知らないが、わりといいと思う。 今度は、ストーリーをもう少し工夫したものを読みたいけれども。 

最近始めたのだろうか、俵さんの俳句もサービスされている。

   野うさぎの血の匂いする別れかな