人種の科学の衰退

必要があって人種の科学史の古典的な研究書を読む。文献はStepan, Nancy, The Idea of Race in Science: Great Britain 1800-1960 (London: Macmillan, 1982)

イギリスの人種の科学者たちの理論・概念のシャープな分析で、必読文献の一つ。今回読んだ20世紀の部分は、「人種」を基本単位とした優生学パラダイムが崩壊して、戦後の遺伝子の理解に基づいた遺伝学に取って代わられる中で、「人種」概念が自然科学の中心的な問題でなくなっていく過程がたどられている。もちろん、優生学と人種主義が行き着いた一つの究極としてのナチズムへの敵意は状況を大きく変えたが、ステパンの説明はもっと深みまで踏み込んでいる。かつての人種の科学は、最終的には形態学であり、解剖学であった。鼻や目の形や頭蓋骨の水準で、ある類型的な特徴を固定的に持っている(とされた)集団が「人種」であると理解されていた。それに対して、戦間期から戦後の新しい集団遺伝学は、かつては「人種」の特徴とされたものを、ある遺伝子の分布の問題であり、環境に適応して変化の結果としてとらえた。類型ではなく統計的な特徴、固定したものでなく(長い時間をかけて)変化するものとなった人種は、科学の世界では基本的な概念ではなくなった。1920年代から30年代のイギリスでは、遺伝子学を学び、優生学に批判的で、政治的には左よりの科学者たちの中から、人種的な特徴とされている特徴が、環境によって変化することを説くものたちが現れた。その時に彼らが構想した<環境>の中にはやはり<気候>も入っていた。