イギリス公立精神病院の社会史

必要があって、イギリスのデヴォンの精神病院の社会史を読む。文献はJoseph Melling and Bill Forsythe, The Politics of Madness: the State, Insanity, and Society in England, 1845-1914 (London: Routledge, 2006).

これまでに書かれた精神医療の地方史の中では、もっとも大規模でシステマティックで洗練されたすばらしい研究書。専門家以外が読んで楽しくはないかもしれないけれども、イギリスに限らず、精神医療の歴史を研究しているすべての人間が必ず読まなくてはならないベンチマークのデータを示している研究書。これからの人生で50回以上参照する本だと思う。

イギリスのデヴォンシャーの州立精神病院を70年にわたってもっともシステマティックに調査して、13,000件の入院をすべて記録し、その中から4,000人を選んで、精神病証明書やカルテといった4種類の資料から個人情報を抜き出してデータベースに入力してインテンシヴに分析した。1880-82年の入院については、すべてを記録して1881年に行われた国勢調査の結果を母集団としてそれと比較し、どんな人々が精神病院に入院する割合が高い傾向があったかを論じている。これまで私自身を含めて歴史学者たちがわりとアバウトな直感で言っていたようなことを、統計的に厳密にやるとしたらこうなるという方法を遺憾なく示している。もちろんこの仕事は大きなチームによるプロジェクトの成果である。二人の著者以外に、5人以上のリサーチャーがいて、リサーチに5年、書き上げに10年くらいかかっていると思う。この書物とともに、精神医療の歴史のある部分は確実にビッグ・サイエンスになった。

もう一度繰り返すけど、これが精神病の社会史を統計的にソリッドにやろうとしたときのひとつの到達点。イギリスはもちろんのこと、どの時代・地域の研究者にも役に立つ。50近い統計表が掲げられていて、これを眺めていると、私が調べている日本の精神病院との対比についてのインスピレーションが続々と湧いてくる。

確かに大きな欠点もあると思うけれども、それはある専門誌の書評で、まなじりを決して書きましたので、同業者の方はそちらを見てください(笑)