チベットの死者の書

必要があって『チベットの死者の書』を読む。ちくま学芸文庫から出ている川崎信定訳で、優れた解説が付されアカデミックな註もたくさんついているうえに日本語としてもとても読みやすい書物。1000円の文庫本で、学問の蘊奥が詰まった最高水準の原典訳を読める幸福に感謝して、民度が高い国の国民になった気がしたけど、アマゾンを見たら、この書物の中古の最安値は150円だけど、昨日記事にした「エジプトの死者の書」は545円(2008年2月10日現在)。価格なんて、こんなものなのかと悲しくなる(涙)

私たちの間ではユングが有名にしたテキストということになっているが、この書が有名なのは、アメリカのエヴァンス・ヴェンツがインドで出会い、カジ・ダワサムドプ師の助けを仰ぎながら1927年に英訳したことが大きいという。この書物は1960年代のヒッピーたちにとって聖書のような存在であったそうだ。死者が旅の途中で出会う像は、すべて自分の心の悪しき習慣の産物で、そこから解脱するというあたりが、「自己発見」の時代の雰囲気に合っていたのだろうと想像しているけど、確かなことはわからない。

「死の瞬間から次の生までの49日間の間に魂魄がたどる旅路、いわゆる中有(ちゅうゆう・チベット語でバルドゥ)のありさまを描写して、死者に対して迷いの世界に輪廻しないように、『正しい道はこっちなのだ』と正しい解脱の方向を指示する、お授けのための経典である」と解説にある。実は「お経」を読むのは生まれて初めてで、同じ構造の諭しが微妙に主題を変えてリズミカルに何度も繰り返されるのが、すごく心地よかった。 癒されるというのとはちょっと違うかもしれないけど、調和と構造の反復の中に身をおくのは、不思議に落ち着いた気分になった。