エジプトの『死者の書』・・・ではなかった(笑)


必要があって、エジプトの『死者の書』を読もうとする。必要なのはむしろ20世紀初頭のヨーロッパのインテリが読んだテキストなので、ウオリス・バッジ編集・訳のものを買った。もしかしたら翻訳がないかと思ってアマゾンを探したら、このテキストの翻訳と称する新書が出ていたので、よく確かめないで買ってしまった。「たま出版」という出版社から『世界最古の原典 エジプト死者の書』というタイトルで出ていて、扉には「今村光一」とある。

いかに古代エジプトのことに無知な私でも、読み始めた途端に「これは違う」と分った。冒頭近くから一節を抜書きする。有名な魂の秤量に向かう主人公が妻と言葉を交わす場面はこのようになっている。

妻はさらに真剣な顔つきになり、そのうえ何か心配げな表情すら加えていった。
「これはどうしても私たちが通らなければいけない霊の世界の掟なの」
「掟?」
いぶかる私に妻は恐ろしい言葉を思いきっていうという調子で短く言った。
「審判なのよ」
審判という言葉に私はどきっとした。

この安物のTVドラマの脚本のような文章が、6000年前のエジプトの葬礼の時の祈りの書を「編んで」訳したものだとしゃあしゃあと書く勇気は、それこそピラミッド級といっていい(笑)怒りを通り越して、この翻訳は一大奇書かもしれないという気がしてきた。翻訳したものを学者が自分の著書にしてしまうことは今でも時々あって、それが発覚すると教授が辞職したりする。しかし、自由奔放な創作を翻訳だと称するのはたぶん珍しいし、もしかしたら謙虚というべきかもしれない(笑)。そう思って読むと、この中に登場するオシリスは、ピンチになるとトト神が空から元気の素の三つの食べ物を投げてくれるというヤッターマンのような趣があって、なかなか味がありますよ(笑)