アメリカ移民とトラホーム

未読山の中から、東欧からアメリカに移民したユダヤ人のトラホームを論じた論文を読む。文献は、Markel, Howard, “’The Eyes Have It: Trachoma, the Perception of Disease, the United States Public Health Service, and the American Jewish Immigration Experience, 1897-1924”, Bulletin of the History of Medicine, 74(2000), 525-560. 

トラホームは細菌感染によって起きる目の病気で、ヨーロッパには、ナポレオンのエジプト遠征のときに持ち込まれたといわれている。この病気は19世紀末から20世紀初頭のアメリカで、移民が持ち込む感染症として大きな論議を呼んだ。1897年から1925年までの間、平均して年間1500人程度がトラホームに感染しているという理由で入国を拒まれた。これは主として東欧や地中海地方、中近東からの移民であった。他の地域からの移民についてもトラホームは大きな問題であり、1904年から1909年の間に入国を拒否された中国人・日本人のうち三分の一はトラホームを理由とするものであったという。トラホームはアメリカ人に存在しない病気というわけではなく、実際、ある調査によればケンタッキーのある山岳地方に住む住民の13%はトラホームに感染していたという。しかし、当時のアメリカ公衆衛生局が、主たる脅威は「外国から侵入する細菌」であると定義したため、トラホームは、疫学的事実に反し、また、その数の少なさにもかかわらず、外国人が持ち込む細菌学的脅威として理解された。 

この論文は、アメリカのサイドだけでなく、ユダヤ人たちの出身地の側にも光を当てていて、その点も優れている。ロシアのユダヤ人居住指定地(英語ではPaleというのだそうだ)においては、出国・乗船・入国に際して厳格なトラホーム検査を受けることは移民希望者にも良く知られていた。これにひっかかると、出入国や乗船を拒否されて、大西洋を横断する切符は払い戻しできない。また家族の中で一人だけトラホームが見つかると、その者だけを残して他の家族は出発するという悲劇に見舞われる。だから、トラホームの治療を呼びかけると同時に、検査を「潜り抜ける」方法なども密かに流通していたらしい。