症状と文化のループ効果

必要があって、文化精神医学の論文を読む。文献は、Kirmayer, Laurence and Norman Sartorius, “Cultural Models and Somatic Syndromes”, Psychosomatic Medicine, 69(2007), 832-840; Kirmayer, Laurence, “Culture and the Metaphoric Mediation of Pain”, Transcultural Psychiatry, 45(2008), 318-338.

著者は文化精神医学の大御所の一人とのこと。さすが偉い学者だけあって、言うことが明快で、私自身がこれまで漠然とした形でなんとなく使っていた概念を、そうか、こう表現すれば明快になるのかと感心する仕方で整理してくれた。 こういう論文はすごく勉強になる。

特に便利だと思ったのが、「ループ効果」という概念・用語である。ある社会で形成された病気に関する説明モデルや、典型的な病気のイメージが、患者による病気の経験や症状に反映されるメカニズムである。もとはといえば病気を記述し説明するために造られたモデルが、その病気そのものの現われに影響を与えるから「ループ効果」と命名したのだろう。これは、たとえばヒステリーだとか神経衰弱だとか拒食症だとか、本来ならば感染しないはずの「病気」が、あたかも流行するかのように振舞うという事実を名づけるときに便利である。 

この「ループ効果」が「なぜ起きるのか」というメカニズムの説明、特に、このループ効果のせいで、本来仮説的に提示された医学理論だったのに、それを支える症例が続々と「作り出されて」しまい、その病気と症状が社会的な事実となってしまい、その理論の「正しさ」が確証されてしまうというメカニズムも面白いところである。これは、有名なハッキングの説明も優れているけれども、私には「20世紀医学史辞典」の Sonu Shamdasani の説明がとてもよく分かった。