シュレーバーとヴィトゲンシュタイン

必要があって、シュレーバー『回想録』を認識論の立場から論じた書物を読む。文献は、Sass, Louis A., The Paradoxes of Delusion: Wittgenstein, Schreber, and the Schizophrenic Mind (Ithaca: Cornell University Press, 1994). 

著者には、Madness and Modernism (1992)という精神医学の文化史の名著があり、シュレーバー論は、もともと同書の一章として構想されていたとのこと。Madness and Modernism は、精神分裂病を、未発達で動物的なものと見るステレオタイプから解放して、20世紀のモダニズム芸術の中に、その表現を見出そうとした書物だから、その議論とかなり重なっている部分がある。

議論の中核は奥が深いけれどもシンプルに表現されている。シュレーバーの『回想録』が表現している世界は、「現実と食い違っている」妄想でもないし、動物的でコントロールされていない情念の表現でもない。その書物は、ヴィトゲンシュタインが問題にしている「唯我論」(solipticism)の認識論の世界を描いている。それは、外の世界が、自分の精神に映る限りにおいて存在するものとしか感じられない精神から見られた世界であり、自己の世界と、周りの人が共有する共同世界の間の亀裂や混線の不安を意識している