漱石の脳

立川昭二『病の人間史』(文春文庫)を読んでいて、気がついたことがあったのでメモ。

明治・大正・昭和の有名人の病気について調べて、病跡学と文化論をまぜたような感じにした一般向けの本。たくさんの情報が詰まっていて私は重宝している。人物は樋口一葉中江兆民正岡子規乃木希典夏目漱石松井須磨子野口英世竹久夢二宮沢賢治斎藤茂吉

夏目漱石が大正5年12月9日に没した後に、鏡子夫人の意向で病理解剖されることになった。12月10日に執刀したのは東大病理の長与又郎である。長与は12月16日に「夏目漱石氏剖検」という表題で講演をして、これは翌年の日本消化機学会雑誌に掲載されている。講演の様子は朝日新聞でも詳しく報じられた。長与は漱石の脳の標本を持っており、その重さは1425グラム、日本人男子の平均の1350グラムより少し重いとコメントしている。脳の重さの点では著しく平均と異ならないが、脳の「回転」(いわゆる「しわ」のことだと思うんだけど)が著しく複雑であるという。この回転が複雑なほど脳がよいのだが、漱石の脳は「回転」が非常に多い。特に、左右の前頭葉、ろ頂部に回転が多い。この部位について、「フレクシヒの連合中枢(アソチアチオンススフェーレ)」であると言っている。

ここまでは有名な話だから、多くの人が知っていると思う。今回気がついたのは、この「フレクシヒ」である。まだ確かめていないけれども、これは、ライプツィヒの教授のPaul Flechsig (1847-1929)だろう。クレペリンの先生であると同時に、ダニエル=ポール・シュレーバーの『回想』において、シュレーバーに同性愛や性転換を強制したり、宇宙霊になったりと妄想世界の主役を演じているフレヒジヒである。この情報を得て嬉しいのはたぶん私だけだけれども、正確に憶えるために書いておく。