必要があって、「よい医療とは何か」をめぐる概念の変遷を研究した論文を読む。文献は、Berc, Marc, “Turning a Practice into a Science: Reconceptualizing Postwar Medical Practice”, Social Studies of Science, 25(1995), 437-476.
北米の著名な医学雑誌の editorial を中心に時系列で分析して、医療とは何か、医療にはどのような問題があり、それをどのように解決すればいいのか、という議論の変遷を追った論文。歴史のプロから言わせると、使っている資料は素人っぽいものに見えるかもしれないが、史料の限界を心得たうえで、周辺マテリアルを広く渉猟し、鋭く繊細な分析をしている、とても優れた論文である。アーカイヴ・マテリアルを使って論文を書くプロの歴史学者の中には、こういう方法を軽視する人もいるが、アーカイヴのマテリアルをたくさん読むとこの論文に書かれているようなことがわかるわけではない。一方で、この論文のような方法にも限界がある。多様な資料を多様な方法と視点で使うことは、特にアーカイヴの魔力のような魅力を知ってしまうと(笑)、つい忘れがちになる。
1950年代くらいまでのいわゆる医学の黄金時代における医療の理念型と、それ以降のものが違うこと、そして、それ以降の理念型においても、二つの下位分類が観察されるという結論。このシフトが起きた契機については、ファインシュタインのEBMを上げている点は、ある意味で予想できる立論である。しかし、シフト前においては、理想の医療から隔たっている原因は、医療の外の社会文化的な要因にあるとされていたのに対し、シフト後の医療の理念型を、アルゴリスム化された医学的問題解決法を行う医者の頭脳にもとめ、 これをcognitivist と名付け、それゆえ医療が抱えている問題のコアは医者の認識―問題解決への知性の働かせ方にあるのだという考えが上昇してきたというシナリオは、説得力がある仕方で提示されている。
かつては、医者が行うことは、「科学を、個人の判断において、個人の患者に応用するアート」であった。医者は科学を知っているが、医療は科学そのものではなく、医者という個人が患者という個人にたいして行う「わざ」である。そして、そこに、医者の自律性のカギがあった。この医療が理想を実現できないのは、医療の外の要因に影響されるからであった。
しかし、ファインシュタインらのEBMは、「標準化されていない」という形で、この個人的な営為の部分を批判し、医者の行為自体に問題があると、問題を位置づける領域が変化した。これを科学にすること、医療を科学になるようにデザインすることが、医療の問題を解決するための方針になる。
そのために、心理学の cognitive revolution が使われた。Elstein が1978年に出版した Medical Problem Solving は、1972年に出版されて影響力を持った Human Problem Solving をなぞって、適切な医学的な判断に達するためにはどのように頭を使ったらいいかということをアルゴリズムのように示したものであった。一方で、ここで統計的な思考を重視する派もあらわれた。