『旅行術』

必要があって、優生学で有名なフランシス・ゴルトンの『旅行術』を読む。文献は、Galton, Francis, The Art of Travel (1872), or, Shifts and Contriviances Available in Wild Countries (London: Phoenix Press, 2000).

ゴルトンはイギリスの学者の典型で、プロの学者ではなく富裕なアマチュアであった。いとこのダーウィンと同じように、当初は医学を学んでいたが、父親の遺産を相続して職業に就かなくても生活できるようになったので、自分の興味の赴くまま色々なことに首を突っ込んでは、その関心を深めていった人物である。人生後半の彼が熱中して、彼を後世に有名(というか悪名高く)したのが優生学であるが、20代の彼が熱中していたのは旅行・探検であった。1849年に王立地理協会に入った彼は、1850年に南西アフリカ(現在のナミビア)の探検に出発した。その時の経験に基いて、未開の地を探検するときの旅行の心得や実践的なアドヴァイスをまとめたのが、1855年に出版された本書である。59年にダーウィンの『種の起源』だから、それとほぼ同時期であった。本書は帝国主義時代の探検者に人気が出て、その後、加筆されながら版を重ねた。

この書物は、「暗黒大陸」「未開地方」の探検を準備するイギリス人を、夢みるような気持ちにさせたに違いない。ビヴァークの方法だとか、読んでいて私まで血が騒いでくるような記述である(笑)冗談はともかく、優生学と奥地探検というのは、ゴルトンの幅の広さを表すと同時に、帝国主義を背景にして優生学が各地で発達したことを、少なくとも「象徴」している。「象徴」というのは、便利だけれどもあまり実質的な意味がない言葉で、これをあと一歩踏み込めるかもしれない。