Flannery, Michael A., “Alfred Russel Wallace’s medical Libertarinism: State Medicine, Human Progess, and Evolutionary Purpose”, Journal of the History of Medicine and Allied Sciences, vol.70, no.1, 2015: 74-104.
ダーウィンと同時に進化論を構想したことで知られるアルフレッド・ウォレスの医学政策に対する態度を分析した優れた医学思想と社会思想の重なりを論じた優れた論文。ウォレスは、進化論者としてだけでなく、優れた博物誌と旅行記の著者としても有名である。(『マレー諸島』は翻訳もされていて、オランウタンの捕獲を描く筆はさすがだなあと感心する) 後年は心霊主義を信じたこともあって、興味深い自然誌学者のひとりであるが、彼の医療政策に対する態度のうち、特徴がある二つの点を取り上げて、ダーウィンとは微妙だが重要な点で異なっていた進化論との関係で理解している。一つ目は、イギリスで19世紀半ばから法制化されて激しい反対運動の対象であった強制種痘に対して、ウォレスははっきりと反対していること、もう一つは、ゴールトンのように進化論からの流れの中で作られた優生学に反対したこと。医者が種痘に反対し、進化論者が優生学に反対しているという逆説がある。これらは、19世紀から20世紀にかけてのイギリス医学における「国家による医学・医療」の発展の重要な要素である。(優生学は通常はその中に入れられないが、国家による医学・医療の一つであったことを忘れてはならない)そのことを、彼の進化論とダーウィンのそれの微妙だが重要な異なり、そしてこの論文の著者が「左翼系リバタリアニズム」と呼ぶ思想との関連で議論している論文である。
議論は、国家による身体と健康の維持のための介入と、個人と、家族と、特に女性の自律の問題を軸にしていた。種痘も優生学も、科学として不十分であったというだけでなく、これらは、彼の進化論の中核に存在した女性に対する国家の介入であった。ダーウィンの進化論が、淘汰を駆動するのが主にオス/男性/父を考えたモデルであったのに対し、ウォレスの進化論は、より女性の役割を重視していた。そのため、優生学は、国家のテクノクラティックな権力が、母性、女性の自由な選択、そして生殖の権利を侵すものであるとウォレスは考えた。