治療者がいなくなったらどうするか

新着雑誌から。16-18世紀のジュネーブにおける宗教改革が起こした医療市場の変化を論じた論文。Rieder, Philip. “Miracles and Heretics: Protestants and Catholic Healing Practices in and around Geneva 1530-1750”, Social History of Medicine, 23(2010), 227-243.

ジュネーブが16世紀の初頭にカルヴィニズムを採用したことで、都市の医療の供給体制が大きく変化した。周囲からカルヴィニストが多く移民してきて、その中には医療者(内科、外科、薬種商、非正規)が多く含まれていたこと、彼らはギルドに加入して正式なメンバーになるものもいたが、多くは一時的な開業許可を得た治療者であったこと、その許可は申請すればほとんど与えられたことなど。

しかし、市当局は、ある種の治療法には強硬に反対していた。カトリック信仰につながる魔術的・呪術的な治療法である。特にカトリックの聖職者たちを市域の外に追い出したので、それまで呪術的・宗教的な治療法を受けていたジュネーブ市民は、それを提供してくれる供給者が突然いなくなるという状況に直面した。そこで、彼らは、ジュネーブに隣接するサヴォイなどのカトリック地域の村まで行って、そこでカトリックの聖職者に魔術的な医療を授けてもらった。もちろんジュネーブは地域の中心都市だから、周りから人々がジュネーブに医療や薬剤を求めて集まってきたという方向の移動もあったが、その逆の方向もあった。ちなみに、資料によると、これは慢性的なもの、視覚・聴覚障害などで、ほかのタイプの治療者を試したあとの最後の救いであり、宗教の慰めをもっていることが強い引力になっていただろうと言っている。この事例から、医療市場の構造についての洞察を引き出そうというのだけれども、医療市場がいくら流行している重要な「旬の」概念とはいえ、適当な発展のさせ方かどうか疑問。