梶田昭『医学の歴史』(東京:講談社、2003)

必要があって、梶田昭の『医学の通史』を読む。調べたわけではないが、文庫で読むことができるただ一つの医学の通史ではないかと思う。東京女子医科大学の病理学の教授で、退職したあとに本格的に医学史を調べ始めた「日曜医学史家」であるが、日本語でただ一つの、文庫で読める通史を残した。方法としては、現在の医学史家たちには「Great Doctors アプローチ」と呼ばれているもので、時代順に医学上の大きな事件を、主として重要な医者の業績を通じて物語る枠組みである。医学生むけの医学史教育でもっともよく使われている教材だと聞いたが、いろいろな意味で、この枠組みそのものが、医学史教育に最も適したものであるかどうか、私は否定的な意見を持っている。

大学の教師にとっては、偉大な発見をして年表や歴史の本に名前が載るような医者の事績を学ぶということは、自分がその通時的な共同体の一部に属しているという意味合いを持つから、楽しいことかもしれない。医学生がそれを学んで、大学の教師とシンパシーを共有することは、研究と高度医療のセンターである大学と社会の現場の医療者をつなげるという効果を持つ。しかし、このような枠組みで機能する医学史教育は、まさに、医者たちがつながるための医学史ではないだろうか。医者たちがつながることはいいことだが、その代償として、現場の医者が取り扱う患者、そして医療がその中で起きる社会から、医療を切り離さないだろうか。私は、医者だけではなく、患者も存在する医学と医療の社会史のほうが、教育的な効果が高いのではないだろうかと考えている。それを、医学生が興味を持つような仕方で教えるというのは、なかなか難しいことだけれども。

そのうえで、Great Doctors’ Approach をいったん受け入れると、この書物は、よい本だと思う。私は、この本を参照する習慣はなかったけれども、特に医学生に教える準備をするときには、もっと参照するようにしよう。