マオリの精神病と入院の歴史

Barry, Lorelle and Catharine Coleborne, “Insanity and Ethnicity in New Zealand: Maori Encounters with the Auckland Mental Hospital, 1860-1900”, History of Psychiatry, 22(2011), 286-301.
精神病院というのは、個人を診断によって分類するところであると同時に、その個人についての情報を組織的・膨大に記録することで、その分類に実体性を与える装置である。分類のスキームだけを見ていると、それが日常生活や存在の厚みの中で実体性を持つことに気づかないし、その日常生活の変化が分類のスキームに影響を与えていくことにも気づかない。精神病院の症例誌というのは、科学と秩序による分類と、個人の生存や存在と呼ばれている、生きることの実体を持つ厚みの双方が、一人の個人とその理解を作っていることがよくわからせてくれる資料である。

この論文は、そこにエスニシティという分類のカテゴリーをかませて考察しようという試みである。同じ著者が中国人の移民の患者について論じているのと同じ手法が用いられている。(私も、戦前の朝鮮人・中国人の移民で日本で精神病になって入院した患者について、同じ方向の論考を準備している。)マオリの患者は合計で70人くらい。彼らの「マテ・マオリ」と呼ばれた、疎外によって自ら引きこもる傾向の分析が、症状を歴史学の手法で分析する果敢な試みで、とてもよかった。