統合失調症概念の歴史を調べることの意味

Hoenig, J., “The Concept of Schizophrenia Kraepelin-Bleuler-Schneider”, British Journal of Psychiatry 142(1983), 547-556.

クレペリン、ブロイラー、シュナイダーという20世紀前半のドイツ語圏精神医学の巨人を三人取り上げ、彼らの統合失調症(早発性痴呆、分裂病)概念を吟味する論文である。基本的には、偉大な医者の偉大な概念の歴史であるから、プロの科学史・医学史の研究者の中には、時代遅れの方法論だと思う人もいるかもしれない。しかし、この論文では、重要な問題提起がされていて、それが、精神医学の歴史を知ることが、現在の臨床にどのように役に立つかという問題の議論である。精神医学の歴史は、精神医学という学問の周辺にあって、現実の医療の現場から離れ、あえていえばインテリ気取りの医者が古い本に書いてあることを得意そうに並べ立てることだと思われている。しかし、分裂病の概念の歴史を知ることは、実際の臨床や研究をするときの立ち位置を深め、明確にする効果を持っていると著者はいう。

クレペリンは、早発性痴呆という概念を確立した。その過程で、解剖学や生理学などにあまりに依存したかつての方法から離脱して、臨床的に観察できる症状を重視した。しかし、彼の器質論的な考えのために、患者自身の心理や内的生活に注目しなかった。それに対し、ブロイラーは、クレペリンに賛成して、分裂病が身体的・器質的な基礎を持つことは受け入れたが、彼の助手であったユングを介してフロイトの影響をうけ、分裂病のより心理的な側面を重視する概念を作り出した。患者が示し、医者が認める「症状」のほとんどは、心理的な原因を持つ。その原因がないと、病は、本来は存在しているが、潜在的なままである。しかし、ある心理的なコンプレックスが発現すると、心理的な内容をもつ症状が引き起こされる。これは、一次的症状と二次的症状の区別という概念装置をもち、この概念装置においては、患者の「心」 psyche が非常に重要な位置を占めるようになる。シュナイダーにおいては、ヤスパースの内的生活の概念とともに、患者への質問が重要な意味をもつようになった。質問は、患者が心の内部において経験している異常な世界や現象を、たくみに引き出す仕掛けでなければならない。

この、異なった概念と学派に属する精神科医が、一人の患者を交代でみた症例誌を研究していて、その症例誌における精神医学理論の多様性を分析するうえで、とても重要で根本的なヒントが盛られている論文だった。読んでよかった論文である。

ついでながら、ブロイラーの概念では、クレペリンの概念よりもあいまいさをまして、分裂病の範囲が拡散した。このことと、1933年のナチスの優性法における「分裂病を断種するべし」という規定のあいだには、重要な関係がある。