断種問題論

吉益脩夫「断種問題に就いて」『精神衛生』6(1934), 15-19.
日本の優生学において断種の賛成派の一方の雄であった東大助教授の吉益の短い論考を読む。

断種の必要がある理由は二つあり、一つは文明の進歩によって弱者への福祉が発展して適者生存の原理が働くなること、もう一つは階級間の出生の差が発生した時に、適者が少なく不適格者が多くなることである。このような状況においては、人為によって健全な人間を増加させ不健全な人間が増えないようにすることが必要である。

リューディンは遺伝学は生命保険と同じくらいの水準に達しているという。ナチスの断種法は、いくつかの問題を抱えていて、「遺伝する大きな可能性がある病気に罹っているものを断種する」という法律であり、ここに「大きな可能性」というあいまいさがあること、もう一つは特定の病気(生来的精神薄弱、分裂病、躁鬱病、遺伝性てんかんハンチントン、遺伝性の聾・唖、奇形など)を指定する形をとっているが、ここに挙げられていない病気でも、たとえばヒステリーや病的人格などは遺伝するし断種せねばならない。また科学的には、当人がその病気にかかっていなくても、かかっているのと同じくらい危険な場合があり、その場合は断種しなければならない。

精神病の遺伝学はかつては漠然たる統計であったが、メンデリズムによって新紀元に入り、経験的遺伝予後 Emprical Genetic Prognosis Empirysche Erbprognosis が可能になった。調査によれば、両親の一人が分裂病だったときに、子の10%がその病気を発病し、34-42%が精神病質となる。二親とも分裂病の時には、53%が発病、23%が精神病質となる。てんかんも同じような状態である。ルクセンブルガーは、これらはすべて断種されるべきだというが、やはり個別の病勢を考えるべきである。躁鬱病については、これはもちろん遺伝するが、実は社会的に優れた人や天才も生まれることがあり、断種は慎重にするべきである。精神薄弱については、遺伝のメカニズムは分かっていない。

個々人の状況を十分に考慮し、判定は十分に個別的なものでなければならない。専断的な強制断種によって階級裁判が起きているとのそしりがないようにしなければならない。

家制度を重視して、それぞれの家の事情を勘案した法案にしようとしていること。優秀者が劣等者の生殖の権利を奪う「階級裁判」であるという批判を受けないように注意を払っていることがポイント。躁うつ病が「天才の病」として、アリストテレス派以来のメランコリー論の系譜を引くかのように現れたこと。