南方熱帯圏の精神病―大阪帝大の比較民族精神医学

堀見太郎・江川昌一・杉原方「南方熱帯圏に於ける精神病」『大阪医事新誌』13(1942), no.9, 914-919.
これは、大阪帝国大学の系列の比較民族精神医学の試みである。まだ詳しいことは調べていないが、この論文は、堀見太郎が後に阪大精神科の教授となるが、現地調査はまだ若い医学士の杉原方が現地に赴いて行ったものである。しかし、実際の論文と言うより、主として先行研究のまとめという性格が強い。なお、江川・杉原はこの論文のあとで「インドネシアの精神病アモックについて」という論文を同じ『大阪医事新誌』に発表しているから、二人は杉原自身はしばらく南方熱帯圏に滞在したのかもしれない。ちなみに、この論文は、しばらく前にこのブログで取り上げた。


クレペリン―内村の系譜をそのまま引いた枠組みである。人種的な身体と精神に差による精神病の差を考え、一面は文化の発達程度、風俗、習慣、迷信、嗜好物との関係、そして気候風土との関係があるとする。いくつかの問題を論じており、まず取り上げているのは、クレペリンが問題にし、内村がアイヌ論文で詳細に論じた梅毒による麻痺性痴呆があるかどうかという問題である。ジャワには麻痺性痴呆がない・少ないという事態が取り上げられて、文化の低い住民に麻痺性痴呆が少ないことに触れられる。同じく、躁うつ病、特にうつ病の割合も、原始民族にうつ病が少ないという原則通りに、割合が低い。心因性は、アモック、ラター、マリマリなどが触れられている。von Brero という医者が重要らしい。精神病質のなかで、最近のゲイ・スタディーズでエスニックな同性愛・中間的な性の主題として有名なWandu は、すでにこの論文で言及されている。移住民の精神病についても、特に熱帯神経症が注目され、中脩三の台湾における研究が言及されている。