アントワネット・ブラウン・ブラックウェル『自然界における両性 : 雌雄の進化と男女の教育論』小川眞里子・飯島亜衣訳(東京:法政大学出版局, 2010)
19世紀半ばから後半に欧米で女性解放が始まった時期の女性知識人の一人。オバーリン大学を卒業して最初の女性牧師になったアントワネット・ブラウンが1875年に書いた評論集の翻訳である。ブラウンはのちにサミュエル・ブラックウェルという実業家と結婚したが、このブラックウェル家がまさに才人と閨秀の家系であった。サミュエルの弟のヘンリーは女性雑誌を編集し、姉のエリザベスはアメリカで最初の女性医師であり、妹のエミリーも女性医師となった。アントワネットとサミュエルの子供からも、二人の女性医師が現れている。
アントワネット・ブラックウェルの『自然界における両性』は、生理学と進化論を用いて当時の女性に関する問題を評論した文章を4つほどまとめたものであり、19世紀のフェミニズムが科学を用いて社会における女性のあるべき姿を論じたサンプルである。これが翻訳された大きなメリットは、第三章「性別と働き」と第四章「『脳の形成』について」を日本語で読ませることができるようになったことである。このマテリアルは、科学と、女性教育・女性の知的労働・中産階級での女性の位置の議論を、きわめて立体的に教えることを可能にする。これはかつてのフェミニズムが<闘争型>と呼べる史観とモデルを持っていたことと関係あるが、19世紀の科学や医学・生理学が、高い教育を受けて専門職などをめざそうとする女性の身体的な限界を指摘したことが強調されてきた。イギリスでいうと精神科医のヘンリー・モーズリー、アメリカでいうとハーヴァードのエドワード・クラークなどが実際そのような論文を書いて女性の位置についての論争に参加している。女性の生理的・解剖学的な特徴、月経と妊娠などは、女性が知的な労働をできないようにしているという議論である。ショーウォーターのベストセラーで紹介・分析されて非常に有名になった。クラークの論文はグーテンベルクで全文読むことができる。
http://www.gutenberg.org/files/18504/18504-h/18504-h.htm
ブラックウェルは、このクラークの議論に反対した立論をしている。19世紀のフェミニストで高い教育を受けた女性が、女性でも立派に知的な労働をして中産階級の専門職につくことができるという議論である(もちろん自分の義姉や義妹にも触れている)。そのときに、彼女が引用するのは、同時期の偉大な生理学者でパリのアカデミーの教授であるブラウン=セカールである。クラークが女性の月経に注目して、女性は周期的な存在であるといったのに反対して、女性にも継続的な知的労働ができることを主張する。そのあたりが、19世紀の中産階級のロジックを部分に分解して詰将棋を指すような感じで、学生には非常に勉強になるだろう。
女性の学生の集団、共学の集団における男性と女性については、非常に鋭い観察をちりばめている。というか、現代の私たちの間でまかり通っている常識は、この時期に作られたのではないかとすら思わせる。たとえば次のコメント。
「鈍い怠惰な女子は、彼女の失敗を男子のほうが好意的に見てくれると、しっかり感じている。男子はそれでおもその女子を賞賛し続けるだろうが、女子はそうはしない」(139)