中世の幻覚と黙示録的な疫病

Landes, Richard, “Between Aristocracy and Heresy: Popular Participation in the Limousin Peace of God”, in Thomas Head and Richard Landes eds., The Peace of God: Social Violence and Religious Response in France around the Year 1000 (Ithaca: Cornell University Press, 1992), 184-218.

 

中世ヨーロッパで流行した疾病で「聖アントニウスの火」と呼ばれたものがある。現在の疾病名で言うと麦角中毒であろうと考えられている。私がこれまでほとんど何も知らなかった歴史上の疾病で、基本的なレファレンスを読んでみたらとても面白かったので、学部生向けの講義を一回成立させられないかと思って多少専門的な文献を読んだ。ますます面白くなったのは事実だが、1・2年生を主体とする一般教養の授業にするのは諦めた。これは主題の問題ではなく、私には難しいという意味で、中世の専門家ならきっとできるのだろうと思う。

 

準備のために読んだ、非常に優れている論文がLandes によるものである。994年にフランスのリモージュで起きた疾病の流行と宗教的な対応に焦点を当てている。議論は、紀元1000年が近づく黙示録的な予見の中で、高度に宗教的な治療のための集団行動が起きたということ。994年のリモージュの流行に際して、fire plague / ignis sacer と呼ばれる病気が流行した。それに対して、リモージュの教会は断食をおこない、悔悛の行進を行い、周辺の地域から聖遺物が集められてきた。その中でも聖マルチアリスの身体は効果があった。これは、周辺の人々を多数集めた治療のための集団宗教行為であった。その理由は、紀元1000年が近づくにつれ、世界の終りを予告するような事件が次々と起きていたからである。987年にカロリング王朝の終焉、989年にハレー彗星など、1000年への黙示録的な期待の中で起きた疾病の流行であった。

 

しかもその疾病は、黙示録的な特徴を持っていた。単に多くの人々が罹患して死亡し、生存しても手足を失う障碍者になるといった世界の終りにふさわしい過酷な病であると同時に、激しく鮮明な幻覚を伴うものであった。麦角病であれば現代のLSDと類似の物質であるから、そこから判断すると、悪夢のような地獄の幻覚も現れ、恍惚の悦楽状態も現れる。世界の終りに明らかにされる原罪の底知れぬ恐怖と、神との永遠の合一の救済の約束が現れるのである。

 

そうか、LSDの幻覚の特徴から、このような推論をする方法があるのか。なるほど。グリューネヴァルトボッシュを使うと、まさしく地獄の悪夢の幻覚と恍惚の悦楽の幻覚を視覚的に見せることができて、学生の興味を引くかもしれないが、正直それはあまりいい授業ではないと私は思う。