越前市・医者通りとロンドンのハーリー・ストリートの思い出

多くの皆さんの家にも宅配されていると思うが、ヴィザカードを使っていると Partner という月刊誌が送られてくる。そこに小林泰彦がイラストと文を書いている「にっぽん建築散策」という記事がある。地図と名所と観光を組み合わせたような内容が、何気ない言葉で書いてある。他の記事がカードで高い商品の買い物をすることばかり書き綴っているので、ほっとするこの記事を読むことが多い。今回は越前市という2005年に武生市今立町が合併してできた市で、旧越前国国府があった地域である。何を意味するのか分からないが、立派な病院・診療所の建築が多く紹介されていた。どれも20世紀初頭に建築されたもので、旧北川医院、長谷川医院、井上歯科医院である。立派な建築の診療所が、市の風格に文化と科学の香りを与えたのだろうと思う。
 
それらの病院とは離れているが、「医者通り」という名前の通りもあった。特に説明がなかったが、面白い地名である。現在のような病院の時代ではなく個人開業医の診療所の時代には、ある土地に優れた医者たちが集まることがあった。ロンドンのハーリー・ストリートがその代表だし、明治の東京では東大に近い本郷のあたりや、海軍軍医たちが診療所をかまえた芝のあたりがそれにあたる。越前市の「医者通り」はどのようにしてできたのだろう。
 
ロンドンのハーリー・ストリートの話。留学中に実佳が腰痛になって、クレジットカード会社の保険に入っていたことがあって、イギリスで私的診療にかかったことがある。普通は無料のNHSだが、これはイデオロギー的には麗しいが、現実はかなりくたびれた部分があった。たぶんそれが背景になって、1990年代にはお金を払えば私的診療を受けることができた。それのみ行っている診療所もあったし、病院のセクターも私的な部門は区分けされていた。実佳がいった診療所はハーリー・ストリートにある私的な患者専門のものである。玄関を開ると広がるモダンで美しいソファがある待合室には噴水があり、女優さんのような白人金髪の美人看護婦たちが微笑み、先生は紳士然として How do you do, madam? と尋ねたという。なんという世界なんだ。そのころ、夫は、NHSの歯科でで無根拠で間違った言いがかりをつけられて、それと懸命に戦っていた。留学中に悪い歯を無料で治すなんて卑怯だという文句をつけられて、いや、帰るわけじゃ無くてしばらくイギリスにいてポスドクをするんだと言い返すという、あまり意味がない言い合いである。それも懐かしい思い出になった。