不眠の医学史001

式場隆三郎『絶対安眠法』(東京:中央公論社、1937)
20世紀前半における不眠という主題は、医学と身体の文化史・社会史の演習問題のような趣をもっている。新しい職業、大都市のナイトライフ、電燈の普及などの社会的な変化、生理学における睡眠の研究、疲労の問題、フロイトらの夢の研究、睡眠剤の流行と乱用、文学における不眠など、それこそ社会と文化と医療が絡み合った問題を描くことができる。実際、数えたわけではないが、昭和戦前期の精神病院のカルテを読んでいると、入院するまでの愁訴のうち、最も多いのは不眠であると思う。

その手がかりになる素材の一つが、式場隆三郎の著作である。式場は精神病学者で、ゴッホをはじめとする精神病者の絵画の研究、狂人の建築として有名な「二笑亭」の研究、そしてのちには山下清の発見とプロモーションで名高い。この書物が発表されたのは昭和12年だから、医者としてだけでなく、文筆家としても活躍していた時期である。そのせいか、この書物はもちろん専門家向けの構成や内容を持たず、睡眠と不眠についての話題を、古今東西を通じて、医学はもちろん、宗教・芸術・文学・文化の多くの方面から博覧強記で引用し、議論をしている。

その中から一つだけ、モスクワのスハレフスキー教授なる人物は、映画の催眠効果を医学の治療に用いることを考えたという。映画は三幕にわかれ、最初は睡眠不足の害を説き、第二幕では催眠の様子を描き、第三幕では催眠術者が映写幕に現れて観客全体に催眠術を施すという趣向になっているという。トーキーであり、音楽と言葉と映像を用いた集団催眠術であるという。ううむ。