精神医療の家父長的な体制についてのフェミニズムの批評

Wollstonecraft, Mary, and Gary Kelly. Mary, and, the Wrongs of Woman. Oxford World's Classics. Rev. and corrected ed.: Oxford University Press, 2007.
 
『マライア、あるいは女性の虐待』は、『女性の権利の擁護』で名高いメアリ・ウルストンクラフトの最後の著作として書いていた小説。この作品を書いていた時期に、女児メアリーを出産したが産褥熱のために死亡したので、未完の草稿の形で残され、夫で思想家のゴドウィンが刊行したのが1798年である。この娘が、のちに詩人のP.B. シェリーと結婚してメアリー・シェリーとなり、『フランケンシュタイン』を執筆している。 
 
ウルストンクラフトの小説は、フェミニズムの視点からの社会批判を、当時の精神医療の問題に適用したものである。批判の対象は、不法監禁 wrongful confinement と呼ばれるものであり、精神病者の監禁介護施設を悪用して、実は精神病でないものを監禁することである。18世紀の初頭からイングランドでは精神病者の隔離監禁介護施設の悪用が行われ、それを予防し発見するための批判や立法も行われていたが、あまり効果はなかったようである。そして、この監禁は、おそらく、家父長制と深い関係があった。不法監禁の基本形は、夫が妻を、父親が子供を監禁するものであった。この部分は若干の事例に基づいた私の推測である。組織的な研究は、もう存在してもいいと思うけど、私は気づいていない。だから、ウルストンクラフトの小説の骨格は、家父長的な精神医療の悪用を批判し、フランス革命の自由の概念を女性に広げたものである。後者については、彼女自身が『女性の権利の擁護』のタイトルで書物を出版している。そのため、小説のストーリーは、不道徳で絶望的な夫によって精神病施設に不法に閉じ込められた妻の物語である。とても面白い。ただ、小説としてまだまだこれからの部分で終わってしまっているので、これからどのような作品になるのかがわからない。とくに、最後にメモの形で付されたエンディングでは、夫との離婚、恋人による裏切り、そして妊娠と流産と自殺というなにからなにまで壊滅するストーリーになっているが、どうするとそういう自己破壊的な結末になるのかよく分からない。
 
最初のほうに、同じ施設に閉じ込められている(正気の)男性との恋が芽生える美しい部分がある。彼の名前はダーンフォードというが、主人公のマライアの様子をうすうすと感づいて、その男性が書物を差し入れてくれる。そして、その書物の余白に、色々な書き込みがしてあり、アメリカとヨーロッパの社会の比較やコメントなどが真摯に伝わってくる。それを読んで愛情が芽生え、本を返すときにコメントを書き添えて、手紙の交換が始まるという設定である。