「鶏冠試験」の続報。もうちょっと難しい実験の作法があって、「去勢オンドリのとさかをどれだけ高くすることができるのか」という概念で、男性ホルモンの効力が図られていた。その実験と測定を含む試験のことかもしれない。これは、1950年までは男性ホルモンの効力を測る国際的な基準であったとのこと。上のサイトに説明があるけれども、上の説明と下の説明が食い違っており、よく分からない。
鶏姦試験(笑)
武田長兵衛商店が医学・健康系一般雑誌に出した広告。雑誌は昭和12年の雑誌『優生』で、不二出版から復刻されている。広告されているのは男性ホルモンの「エナルモン」である。勃起力減退や早漏などに効くとのこと。優生学の一般的なイメージにふさわしくないが、優生学というのは多様性が非常に大きな考え方であるから、そこで薬が広告されていてもよい。多くの学者がそうだと思うが、「鶏冠」をちょっと読み違えて「鶏姦」となってしまい、あせっただけです。
「鶏冠」はもともと「とさか」の意味で、鶏冠とは英語で caponで、オスだが睾丸を持たないようにしたニワトリである。きちんと調べていないが、自身の睾丸を持たないので、実験的に与えられた性ホルモンの影響を調べるのに好適なので、20世紀に入って医学生物学でも用いられるようになった。もともと食用として古代から使われていたとのこと。「鶏姦」は男性同性愛の意味。「鶏の一穴」(とりのいっけつ)という言葉があり、鶏は糞と尿が同じ場所から出るから、穴が一つしかないことに、肛門の一つの穴しかない男性との肛門性交をかけた言葉であろうとのこと。
感染症の致命率と保菌者
東京市役所. "東京市防疫報告." In 近代都市の衛生環境【東京編】, 1941.
昭和戦前期日本の感染症の論文の仕上げ。見ていた史料に「致命率」case fatality rate CFR という指標を見つけた。伝染病予防法の10種感染症であれば、患者数と死者数が分かるから、計算は簡単である。そこで掲げられているのは、東京市の昭和7年から16年の値である。この値が着実に減少し、感染症によっては半分以下になっている。大いに楽観的になってよい数値である。このことが、当時の日本や東京などの衛生が、「強気に」展開した原因であることが少しわかった。
感染症の患者数自体は、大正昭和期には楽観していい状況ではない。明治期のコレラの大混乱は収束したが、大正昭和戦前期には、赤痢や腸チフスが減らない状況、あるいは増加する状況が続いていた。赤痢も腸チフスも保菌者を出す。この保菌者というのが、当時は非常に問題であった概念であった。保菌者は、無症候であるのに感染させる能力を持つから、危険な感染源である。これで結局のところは死ぬまで伝染病隠に監禁されたのがニューヨークの「腸チフスのメアリー」である。1980年代に大衝撃を与えた HIV/AIDS の保菌者を特定するために、ゲイを検査するかどうかをめぐる論争を踏まえて、アメリカの医学史研究者のリーヴィットが優れた書物を書いている。
なお、2016年に物故した金森修先生は、もちろん優れた学者であったが、彼がちくま新書から2006年に刊行した『病魔という悪の物語』は、リーヴィットの書物の内容を剽窃することにやや近づいている。金森先生は同書の執筆においてリーヴィットの書物に大いに依存していることを冒頭できちんと書いているが、きちんと書くと剽窃めいた書物を刊行してもいいことにはならない。少なくとも、それは指導的な学者がするべき立派なことではない。金森先生の書物を再刊していない筑摩書房の判断は正しいと私は思う。
話を戻すと、日本の対応は、ニューヨークの対応に較べると、非常に甘い。赤痢や腸チフスの保菌者は、トイレを分けるとか専用のタオルを使うとかの処置をされて、あまり深刻に対応されていない。コレラの保菌者への対応はずっと真剣であるが、赤痢と腸チフスは甘々であるし、保菌者や家族も従っていない。だいたい、患者専用のトイレを作れとかいう話は何を考えているのか分からないし、ほとんど従われていない。患者数自体は増えているのに、どうしたのだろうと不思議に思っていた。
その一つの答えが、致死率の劇的な減少である。ほぼ10年間で赤痢とジフテリアの致死率はほぼ半分に、腸チフスも2割減である。赤痢の患者は1万人から1939年にはほぼ3万人と激増しているし、ジフテリアも3,700人から7,000人に激増しているが、致死率はかなり下がっていることになる。死亡患者などは変わらないし、実は増えているものもあるが、強気で行くことにした方針の一つの根拠が分かった気がする。問題が患者も死者も減少していくという解決の方向に向かっている兆しといえるものは、確かにあった。
東京市の法定伝染病の致死率 1932-1941
1932 | 1933 | 1934 | 1935 | 1936 | 1937 | 1938 | 1939 | 1940 | 1941 | |
赤痢 | 31.88 | 28.35 | 25.48 | 23.36 | 22.49 | 18.69 | 16.38 | 16.26 | 16.53 | 16.28 |
腸チフス | 18.21 | 20.13 | 19.08 | 17.73 | 19.21 | 18.61 | 18.31 | 14.76 | 14.64 | 15.05 |
ジフテリア | 16.16 | 16.11 | 13.55 | 12.87 | 11.2 | 11.57 | 10.59 | 10.94 | 7.83 | 8.61 |
Leavitt, Judith Walzer. Typhoid Mary : Captive to the Public's Health. Boston: Beacon Press, 1996.
サーカス250周年の夢
2018年はロンドンでサーカスが誕生してから250周年とのこと。色々な行事がロンドンと世界で開かれるのだろう。今、多くの著者たちが本を書いているだろうから、それも読もう。きっと楽しいだろうと思う。
先日大学院生と昼食を食べながら、人生設計とサーカスの話になった。英語では子供の夢として run away to the circus という言葉がある。家と学校と日常を逃げ出して、その町に来ていたサーカスについていって芸人になる、というような意味である。こういう夢を持たなかった子供はいないし、大人にもサーカスに入る夢が必要である。今の大学院生の世代にとっては、「ある日ホグワーツから手紙が来て魔法使いの学校に入ることができるという担保」であるとのこと。
プシコナウティカの会 磯野真穂/兵頭晶子/藤原なおみ
プシコナウティカの会。今回は磯野真穂さんの書物を兵頭晶子さんたちが評論する会とのこと。私は別の学会で出席できませんが、ぜひお出でのほどを。
********* 第10回 プシコナウティカの会 *********
日 時 2017年11月11日 (土) 13:00~17:00
場 所 目黒区五本木(ごほんぎ)住区センター第2会議室
東京都目黒区中央町2-17-2 ℡ 03-3791-3541 東横線「祐天寺」駅徒歩10分
(「目黒精神保健を考える会」(代表:大賀達雄)名で予約 下記地図参照 予約不要 直接会場へ)
テーマ ふつうに食べること、ふつうに他者と関わること
――『なぜふつうに食べられないのか』の著者、磯野真穂さんを囲んで
報告者 磯野真穂さん (国際医療福祉大学専任講師・文化人類学)
コメンテータ 兵頭晶子さん (民俗学・日本近代史)、 藤原なおみさん (コピーライター)
磯野真穂著『なぜふつうに食べられないのか』が扱っているのは大きな問題です。単に「摂食障害」を扱ったというより、本質主義やそれを含むところの広義の還元主義と懸命に闘っている本として私は読みました。精神医療でも還元主義は幅を利かせています。例えば、うつ状態への対処としてセロトニンという脳内物質のコントロールだけに着目してしまう傾向などはまさにそうです。
いわゆる「摂食障害」の場合、症状を心や身体の問題に還元してしまう立場はよくみられます。それが心への還元だと治療法は本質主義(対人関係療法など)になり、身体への還元だと生体物質論(栄養指導など)になります。磯野さんはこれらを厳しく批判した後、「摂食障害」の当事者においては、自分の日常の時空間が、自然科学の時空間(体重、カロリーなどの数値)、専門的言説 (家族モデルを受け入れた医師とのつながり)という外部に移動してしまっている点に着目しています。
「ふつうに食べる」とはどんなことで、それができなくなるとはどんなことなのか。食べるという営みの失調を、生の準拠点が自分の外部の何者かによって掠め取られた事態とみなす磯野さんの捉え方は面白いと思います。また「食べ物と他者はよく似ている。なぜならそれらはふたつとも人間にとって怖いから」(280頁)ともあります。ドキリとする指摘です。他者の怖さとは何か。これもまた刺激的問いです。著者の磯野さんご自身とお二人のコメンテータのお話を基に皆でじっくり考えてみましょう。
(文責:井上芳保@司会予定 inoueyoshiyasu@gmail.com)
以前、井上芳保さんからのお誘いで、磯野真穂さんの『なぜふつうに食べられないのか』についての書評を書かせていただいたことがある(日本社会臨床学会編『社会臨床雑誌』24巻1号)。書評とはどう書くものなのかを知らない私は、私と、夫と、当時亡くしたばかりの最愛の母を通して、「食べる」という行為がどんな意味を持っているのかを勝手気ままに書き散らした。申し訳ない限りである。
*「悲しい祝祭」と「〈孤人〉社会」との重なり合いから――――――――――――――――――――
磯野真穂さんの『なぜふつうに食べられないのか──拒食と過食の文化人類学』(春秋社、2015年)では、「悲しい祝祭」というキーワードが登場する。「彼女たちが食べ方を変えたそもそものきっかけは、人と人とのつながりをより快適なものに修正することだったのである。しかしそれは結果的に、孤立という彼女たちがもっとも望まない方向に彼女たちを誘導することとなった。…過食は続ければ続けるほど孤立を生む、悲しい祝祭なのである。」(P.256)。この考察は、私が問題提起した〈孤人〉社会のありようとも重なり合う。「加えて、過食が精神疾患の症状であるという事実が、彼女たちの孤立を深めていく。…この認識は、病気の人とそうでない人の間に越えがたい壁も作り出す。」(PP.255-256)。この指摘は、『精神病の日本近代――憑く心身から病む心身へ』の著者としても、深く受けとめたい問題提起である。当日は、こうした重なり合いに基づいて、議論を交わし、深めたい。 (文責:兵頭晶子)
*「治る」ということ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は今、ふつうに食べられなかった過去を持つ、ある女性との関わりをたいせつにしている。彼女は「もう治った」という状態にある。あぁそう言えば、といったふうに「精神科にかかった」とさらりと言葉にもできる。しかし、何かが彼女の中に棘となって確実に在る。どこに刺さっているかわからないがチクリと痛む。痛みがあるはずの場所に目を凝らしても棘は見つからない。だから抜くこともできない。一歩を踏み出そうとする時、その棘は痛む。「治る」とはどんなことなのか、真穂さんのお話しの中から、皆さんとの議論の中から考えてみたい。 (文責:藤原なおみ)