カルピスとお屠蘇の問題再訪

f:id:akihitosuzuki:20180502183118j:plain『変態心理』が大正10年1月に刊行したものに、お正月にお酒や味醂で屠蘇を飲むと、本人だけでなく子供も瘋癲や白痴や不良少年少女になるから、お屠蘇をカルピスで飲もうという宣伝が出ている。面白いのは、読み手だけでなく、読み手の子供が強調されるという、優生学的な議論をしているところだという議論をした。今日、たまたまこれをもう一度読んでみて、お屠蘇がどう構成されているのか、自分がよくわからないことに気づいた。

流れとしては薬草をあつめた屠蘇散をお酒などでなくカルピスに入れろという話である。とりあえずそこは成立している。ただ、もともとあったのがお酒でつくった屠蘇で、そこからつくられたのが屠蘇散の概念であり、それをカルピスに入れろという論理である。この感覚は、東京の<きつねそば>の概念に近いということをメモしておく。

 

シドニーでの精神医療史のマスタースクールについて

先日広報したシドニーでの精神医療史のマスタースクールについて。ハンス・ポルス先生からさらなる通信をいただきました。全文を下に掲載いたします。

 

  • 1970年代の反精神医学やミシェル・フーコーが刺激した精神医学史の視点が、どのように変化してきたか。
  • シドニーで4S (Society for the Social Study of Science) が開催される少し前の時期に設定してある5日間である。
  • ハンス・ポルス先生とマーク・ミケーレ先生などの著名な先生がセミナーをされる。
  • あらかじめ5月30日が締め切りのアプリケーションをして、滞在費と食費は先方が負担してくださる(!)ただし、シドニーへの交通費はそれぞれが負担すること。

滞在費と食費を先方が出すところなど、素晴らしいプログラムです。大学院水準の方で、外国の一流研究者から精神医学史の視点を習いたいと思っているみなさま、ぜひご参加くださいませ! 

 

History and Philosophy of Science Winter [Northern Summer] School: History of Psychiatry,Past Trends, Future Directions

13-17 August 2018, University of Sydney

We invite applications from graduate students and early-career researchers in the history and socialstudies of science and biomedicine, and related fields, for a five-day (southern-hemisphere) winter school focusing on scholarship in the history of psychiatry. This is an excellent opportunity for young scholars interested in some of the more exciting recent developments in the history, sociology, and anthropology of medicine, in particular those scholars seeking to integrate various approaches in the interdisciplinary analysis of psychiatry and its history.


The history of psychiatry has attracted sustained attention by historians of medicine over the past several decades. The attention to psychiatry was partly caused by broader public debates about the role of psychiatry in modern societies. During the 1970s, for example, critics such as Thomas Szasz condemned psychiatry as a pseudo-branch of medicine and as a tool of modern societies to force individuals to conform to arbitrary social standards or to forcibly confine them to mental hospitals which Erving Gofman characterised as total institutions akin to prisons and concentration camps. The
historical/philosophical work of Michel Foucault contributed to these characterisations as well. These views greatly contributed to historical research on the history of psychiatry.
How relevant are the approaches to the history of psychiatry inspired by these critical views today?


After deinstitutionalisation, there are hardly any mental hospitals left, the influence of psychoanalysis has greatly declined, and psychiatrists appear to focus more on psychopharmacology than on psychotherapy. During this winter school, we will evaluate past and current research on the history of psychiatry, discuss promising new trends, and focus on topics that we expect will be relevant in the near future. Topics that will be discussed include: Modern Research on Insane Asylums and Mental Hospitals; Colonial and Post-Colonial Psychiatry; Diagnosing Populations: Psychiatric Epidemiology;
Deinstitutionalisation and community psychiatry; Trauma: Experience, Explanations, and Treatments.


We are looking forward to discussing these issues and many others, according to the interests of participants. Through a mix of seminars, small group discussions, and case studies, graduate students and early-career researchers will become acquainted with the most interesting research in the history of psychiatry. The workshop faculty will illustrate their arguments with examples of their own recent and forthcoming research. We expect participants to shape these discussions and to contribute ideas and examples from their own studies. Additionally, there will be plenty of opportunities to enjoy Sydney’s harbor, beaches, food, and cultural activities.


The winter course will be taught by Mark Micale (University of Illinois), Hans Pols (University of Sydney), and several other local academics with interest in this area.
We have planned this winter school before the conference of the Society for the Social Study of Science, which will take place from 29 August to 1 September. There will be many interesting smaller events in the week preceding that conference. Applicants should send a CV and a brief description (maximum one page) of their research interests, and how they relate to the topic of the Winter School, to hps.admin@sydney.edu.au (with a subject heading “Winter School Application”). Closing date is May 30, 2018. We will take care of accommodation expenses and meals for the period of the Winter School, but participants (or their institutions) will have to cover their own transport costs.


The Winter School is supported by the Sydney Centre for the Foundations of Science and the School of History and Philosophy of Science, and the International Research Collaboration Fund of the University of Sydney.

 

精神医療史の方法論をマスターするコース(シドニー)

historypsychiatry.com

 

8月にシドニーで開催される精神医療の歴史の方法論などをマスターするコース。期間は5日間である。大学院生とキャリアの初期の研究者が対象というから、かなり高度な標準だと思う。軸となるのはハンス・ポルス先生とマーク・ミケーレ先生という一流の研究者たちである。大学院の皆さま、お問い合わせくださいませ。日本でもハンセン病、精神医療、感染症、あるいは医学史一般について、このようなサービスを出すことができるのかもしれません。いいアイデアがあったら教えてください。

芸術新潮とスワスティカとハーケンクロイツについて

芸術新潮でいい記事を読んで、スワスティカについて Wikipedia を調べる機会があった。スワスティカについての記事もすぐれた記事であること、それから、ハーケンクロイツという言葉をきちんと使わなければならないと思った。

芸術新潮の2018年5月号が、全体として良い記事が多くて、私ぐらいの人間にはメイン特集の「最強の日本絵画100」というのが便利な特集である。精神疾患に関するメンションも多くてためになった。

冒頭の記事は、インドのクンバコナム (Kumbakonam) というヒンドゥー教の古い寺院の壁に、「卍」(マンジ)という文字が数多く書いてある写真で始めている。この写真をみて、一瞬、ナチスの紋章として有名な「スワスティカ」と勘違いした。

ウィキペディアの swastika を読むとよくわかる。スワスティカはもともとはサンスクリット語で、時計回りがスワスティカ、反時計回りがサウヴァスティカと呼ばれること。そこからスワスティカが一般名詞になったこと。「日本人がマンジと呼ぶスワスティカ」という表現でOK であること。もともとのサンスクリットでは、これは反時計回りだからサウヴァスティカでなければならないが、そこをいつも区別はしないこと。ナチスの紋章についても、「ナチスハーケンクロイツと呼んだスワスティカ」と呼べばいいこと。これは時計回りだからスワスティカと呼んでいいこと。「スワスティカ」という本来はナチス批判とは無関係な言葉を、その意味にだけ使っていて、このことはちょっとゆがんでいること。それは「ハーケンクロイツ」という言葉を使うのがより適切であること。

下にスワスティカのエントリーと芸術新潮の写真を載せました。写真を見ると、時計回りも反時計回りもどちらも書かれていますね。あと、Kumbakonam は素晴らしい寺院です。

Swastika - Wikipedia

 

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アメリカ陸軍による兵士の幻覚剤人体実験とナチスによる電気痙攣による患者の多数殺人

2017年の第4号のHistory of Psychiatry に掲載された二つの20世紀中葉についての記事。

 

Ross, C. A. (2017). LSD experiments by the United States Army. History of Psychiatry, 28(4), 427-442. doi:10.1177/0957154x17717678

第二次世界大戦期は各国で兵士や労働者に薬物を与える大きな企画があった時期である。第一次大戦で経験した神経症・ヒステリー・PTSDなどのさまざまな名称で呼ばれた精神疾患は現代の戦争が理由であった。それを防ぐために、参戦する兵士に薬物を与えることも行われた。ドイツや日本に関しては自国の兵士などに薬物で実験をして、有効と決まった薬物を労働者に利用したケースはもちろん存在するし、本や論文やブログ記事なども書かれている。ただ、第二次大戦やアジア・太平洋戦争期間中に、ドイツの影響範囲や日本ではホロコースト731部隊など、薬物実験よりもずっと鮮明な悪事が行われているので、あまり注目されない。イギリスやアメリカにおける幻覚剤を用いた薬物実験も、第二次大戦の戦前や戦中、そして戦後にも存在している。精神医学や薬物を利用する鮮明な動きは英米にも存在した。アメリカでは化学兵器生物兵器に対抗するために、自国の兵士を利用して実験している。ナチスポーランドで用いたから、それに防御するためなどの議論は出ているが、一方で攻撃性能も試したと考えてよい。約60,000人のアメリカの兵士が実験に用いられたという。戦後は、アメリカ陸軍がLSDを用いた実験や、アメリカ空軍とCIAが協力した例などがある。このあたり、まだ私の知識が少なくて、日本の幻覚剤の発展、利用、戦後のヒロポンなどとどう考えればいいのかわからない。2003年に陸軍の元兵士団体が薬物利用の利用についてアップしたものは、ネット上で読むことができる。

Gazdag, G., Ungvari, G., & Czech, H. (2017). Mass killing under the guise of ECT: the darkest chapter in the history of biological psychiatry. History of Psychiatry, 28(4), 482-488. doi:10.1177/0957154x17724037

ECT(電気痙攣療法)は1940年代から世界各国で用いられた精神疾患の治療法である。統合失調症などの重篤精神疾患に関して、一定の効果があると同時に、大きな事故で患者に損傷が加えられる可能性もある治療法である。1950年代にクロルプロマジンなどの薬物がきっかけになって利用されなくなった。それと同時に、ECTのダークな側面を強調する歴史学も現れた。アメリカの医学史家は ECTを批判する傾向が強いのに対し、イギリス人はまだECTを用いるケースが数は少ないがあることもあって、それほど批判の声が大きいわけではない。
この論文は、オーストリアの医師でドイツと合併したのち3か月訓練をしただけで精神医療の<専門家>になった人物を取り上げている。そして、この人物が、ECTの患者との接点を4つほど増やすことで、患者を殺すことができる機械を作りだして、これを用いて非公然の患者殺しを実施したという話である。非公然というのは、正確にはどう訳されているが知らないが、T4と呼ばれる組織によるナチスの命令によって約70,000人の精神病患者を特別な施設に送って殺し、それが批判されたためにナチスによる患者殺しは中断したが、そのあとにやってきたそれぞれの精神病院での患者殺害である。そこにECT改造版が使われたのか。日本で私が知っている 最先端の医療としてのECTの用いられ方と大きく違うが、いいヒントになる。

ガーデニングとバラにおける保守主義(笑)

25年ほど前の話。イギリスのガーデニングの人気TVで、ガーデニング保守系と革新系の対立がとてもよく分かるのが面白かった。BBC2の金曜夜のTVでは中庸の保守系、それを継いだガーデナーは中庸の革新系。時々ラジカルな革新系が出てきて、アヒルを植物や人間と並ぶ原理で完成されたガーデンが出てくると、ものすごくうれしかった。

その中で保守系の精髄がデイヴィド・オースチンというバラで有名なガーデナーである。本やウェブサイトを見れば、保守系ガーデニング保守系のバラという発想がよくわかると思う。私は学問については革新的、イタリアオペラも革新的、一方ワーグナーはかなり保守的な姿勢を取っていると自分では思っているが、バラについては、オースチンの保守反動的なバラを愛している。私の人生の中で一番保守的な部分だと思う。

www.davidaustinroses.co.uk

新しい写真集はKindle だと1500円くらい。90年代に出た素晴らしい写真集に比べると、古い品種が消えて、新しい品種がたくさん出ていることだろうと思って買ってみました。相変わらず保守的でしたけど(笑)

https://www.amazon.co.jp/English-Roses-David-Austin-ebook/dp/B01LYZHEC2/ref=dp_kinw_strp_1

 

そのオースチンのバラが今年も庭で咲き始めました。静かで深い印象とともに迎える季節です。

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