転地療法と精神医学

 モンゴル出身の横綱について無駄話をしたときに、似た主題を扱った論文があったのを思い出して、改めて読んでみたら面白かった。文献は、Andrews, Jonathan, “Letting Madness Range: Travel and Mental Disorder, c1700-1900”, in Richard Wrigley and George Revill, Pathologies of Travel (Amsterdam: Rodopi, 2000), 25-88.

 精神病も含めて病気一般に「転地療法」を処方する伝統は長い。スランプに陥ったり、失恋したりした後で、旅行に出て気分を一新したりすることは、医学的な治療だと思わないで多くの人がやっているだろう。この論文はイギリスを中心に精神病の転地療法についての面白い事例を沢山集めて紹介した論文。

 一つ面白かった結論が、転地療法が精神医学の脆弱な基盤にある種の脅威を与えたという話。特に精神病院という施設が「治療のための」施設であるというレトリックを専門職の中心においていた19世紀の精神医学にとっては、転地療法は非正統的な治療法であった。転地療法は、医者にとっては、いま・ここで自分が治すことができないという敗北を認めることであり、また患者の家族と医者の双方にとって「厄介払い」の意味も持つこともあった。