初老期鬱憂症の研究

必要があって、昭和9年の初老性うつの研究を読む。文献は、中脩三・米山達雄・大村重人・山本哲次郎・中本甫「初老期鬱憂症の研究 前編」『福岡医科大学雑誌』28(1935), 859-968. この時期の精神医学の論文にはときどき長大でモノグラフと言ったほうがよいものが見られるが、この論文も150ページを超える総合的な大作。

ドグラ・マグラ』で有名な下田光造の九州帝国大学の精神病学教室は、1929年ごろからゾムフェニンを用いた「持続睡眠療法」を行っていた。もとはといえばウィーン大学のヤーコプ・クレージ (Klaesi) が1920年に早発性痴呆(分裂病)に用いた療法で、睡眠薬を対症的に使うのではなく、一日に一回ほど睡眠薬を与え続けて数日にわたって睡眠状態におく療法である。下田らはこれを躁うつ病に用いて、治療上の効果を上げると同時に、当時の基準で言えば非常に洗練された生化学的な分析をおこなって、持続睡眠中の患者の尿や血液を調べる論文を1930年代の前半に発表していた。この論文は、持続睡眠をおこなった経過を含めて明らかになった初老期うつの総合的な研究である。初老期は、内分泌や自律神経、あるいは生活苦や社会責任が重くなるなど、さまざまな要因が輻輳して精神病の契機となり、この時代は「精神病理学の暗黒期」とすら呼ばれていた。その要因をときほぐし、初老期のうつは躁鬱病のひとつの形であることを示すのが、この論文の主眼であった。

この論文のファースト・オーサーは中脩三で、彼が台北の教授になってからの著作を以前に読んだことがあったが、それに較べるとこの論文は格段のできのよさである。ちょっと見直した。