未読山の中から、1970年代の国際保健についての論文を読む。文献は、Marshall, Carter L., “Health, Nutrition, and the Roots of World Population Growth”, International Journal of Health Services, 4(1974) 677-690.
1970年代は、栄養状態が健康状態に大きな役割を果たすことが特別強調されていた。この背景には、国際政治や援助において食糧問題が優先的に考えられたこと、そしてイギリスの社会医学者のマキョウンの影響などを考えることができる。マキョウンは、19世紀のイギリスの死亡率低下を例にとって、医師、看護婦、抗生物質や予防接種などの「医療」の改善や、上下水道の整備などの「衛生インフラ」の充実などよりも、「栄養状態」の改善の方が大きな貢献をしたことを論じた。この議論の論拠には多くの問題があって、今ではこの説をそのまま受け取る研究者はいないが、一世代前には歴史だけでなく開発医療にも大きな影響を与えていた。
この論文は、マキョウンと栄養説の全盛期に書かれたので、食糧の生産とその配分こそが植民地と第三世界の健康水準改善を駆動したと見られる事例を集めている。例えばラテンアメリカ諸国では水道が普及する以前から乳児死亡率が減少していただとか、インドに張り巡らすようにしてイギリスが建設した鉄道が、食糧の輸送を簡単ならしめてインドの健康改善に貢献したことなどが挙げられている。どちらも、ちょっと危なっかしい議論であるような気がするけれども。
一つ興味深かったのが、医療的な手段によって病気を減らす試みの副次的な効果が、食糧増産につながって健康を改善したという議論である。これは、当時のセイロンのマラリア根絶を例に取って論じられていて、面白い。セイロンでは1960年代にマラリアが根絶されるのに並行して死亡率が低下するが、これは、マラリアの死亡率の低下そのものよりも、これまで農民が入植できなかったマラリア浸淫地で農業が営めるようになって食糧が増産され、雇用が創出されて収入が上がった効果の方が大きいという。