『さかしま』



必要があってユイスマンス『さかしま』を読む。澁澤龍彦の名訳の河出文庫

神経症の主人公、デ・ゼッサントが自らを俗世間から切り離して作り上げた部屋で、自然・普通の生活を徹底的に拒んで、不自然でエキセントリックな人工楽園に閉じこもって甘美な拷問のような想像力の世界で暮す話。これといったプロットはなく、デ・ゼッサントの微に入り細をうがったデカダンで偏奇な好みがカタログのように列挙される章からなる。神経症の症状や治療の話も面白かったけれども、梅毒の話が特に面白かったので、そこを記事にする。

梅毒のエピソードは、主人公の花の好みが披瀝される第八章に現れる。デ・ゼッサントが愛する花は、温室が必要な熱帯産の珍奇なランたちであり、あるいは本物の花ではなく職人が腕をふるって作った人工の造花であったが、そのうち彼はまがいもののように見える奇怪な花を愛するようになる。その中でも、カラジウムの変種の中で、性病やレプラに冒されたように見えるものが好みであった。バラ疹、水疱疹、潰瘍やキャンクロイドのような醜怪な葉や模様を持つカラジウムたちを眺めて、主人公は「あれはみんな梅毒なんだ」と思いつく。当時盛んに論じられていて不安を掻き立てていた先天性梅毒のイメージをひいて、人間にも植物にも梅毒はとりついて組織を蝕み、変形させて遺伝させてきたというのだ。彼は梅毒に蝕まれて畸形化した梅毒の花を集めているのだ。 

この想いは彼に悪夢を見させる。その夢の中で彼は年老いたいかがわしい女と一緒に歩いている。そこに、馬に乗った恐ろしい男とも女とも分らない人物が現れる。その顔色は緑色を帯び、紫のまぶたの下には恐ろしい冷たい薄青色の目が光り、服からは異様に痩せて骸骨のような腕や脚が見えている。その人物の口の周りには吹き出物ができており、梅毒に蝕まれていることがわかる。その人物の視線が、舐めるように彼の全身を見つめたあとで、その幻影は忽然と消え、それに代わってある女が現れる。その女は、彼が集めた奇怪な植物を思わせる外見をしており、食虫植物のウツボカズラの耳飾をつけ、アントゥリウムの朱色のような唇をし、乳首は赤唐辛子のように赤い。そして、彼女の乳房と口には炎症が現れ、体には薄黒い班点を浮かせて、炯炯と輝く瞳で彼を誘惑する。地面からは黒い男根が伸びて女の体に巻きつき、彼の脚を捉えると、女の股の間からは黒い孔がうがたれた毒々しい花が咲き、彼の体に密着する。逃れようとしても、彼は魅入られたように動けない・・・というところで、彼の悪夢は終る。

確かにデカダンの病んだ妄想だけど、なんか気になるイメージである。特に植物との一体化の部分が、何か大事なことを教えてくれそうな気がする。 

・・・それはそうと、この記事、無事にYahoo!の検閲を突破できるかしら?(笑) 

画像はカラジウムと梅毒。 後者は19世紀のフランスの皮膚科医学のアトラスより。 似ているっていうのは・・・うん、分らなくもないかもしれない。