軍事作戦と疾病情報

アメリカ軍が第二次大戦とその後の占領政策のために収集した疾病情報をまとめた書物を読む。文献は、Simmons, James Stevens, et.al., Global Epidemiology: a Geography of Disease and Sanitation (Philadelphia: J.B. Lippincott Company, 1944).

20世紀になると、疾病対策が軍事行動の成否を左右するという事実は、特に軍事医学関係者の金科玉条になった。第一次世界大戦バルカン半島における発疹チフスとマラリアの対策は、アメリカ軍に大きな教訓を与えた。第二次世界大戦で日本と連合国の戦場となった戦った東南アジアや太平洋地域においては、日米のどちらにとっても本土とは気候と環境が大きく異なり、疾病のプロファイルも大きく異なるので、どちらの国も戦争前には精力的に疾病情報を収集していた。帝国主義に起源を持つ、戦争の地域の拡大は、各地の疾病情報の集積と整理を必要にしている。日本でもこのような書物が編まれたと思うが、本書は、アメリカの陸軍の医務局が世界の190あまりの地域から疾病と衛生に関する情報を集め、軍事的な極秘情報を除いたうえで、一冊にまとめて誰でも使えるように出版したものである。出版の時期や、本文中の記述から考えて、終戦後の日本の旧海外領土や本土の占領を視野においていることはほぼ間違いない。

日本の本土に関する記述は、その疾病がやや誇張して書かれている傾向がある。住血吸虫症は「日本の南部で頻繁に見られる」。マラリアは「事実上日本全土に存在している」。梅毒は、「アメリカの都市白人の罹患率の10倍以上」である。ハンセン病は「日本全土で、かなりの人々が罹患している」。そして極めつけは、「日本の衛生水準は、アメリカで言うと1900年の水準にあたる」。ここでいちいち記さないが、これらの言明は、どれも完全に間違いというわけではないが、日本の衛生状態は悪い方向に誇張されている。住血吸虫症やマラリアは確かに存在した。しかし、どちらも局地的な現象だった。たしかに、1940年の日本には、アメリカでは1900年の水準にあたる数値を示していた衛生指標もあるだろう。しかし、たとえば1940年の日本の乳児死亡率は90で、これは1920年くらいのアメリカの乳児死亡率の数値くらいである。アメリカの1900年の乳児死亡率は手元ではぱっとは分らないけれども、その数値よりも日本のほうがいいことは間違いない。ま、たしかに20年遅れているんだけれども(笑)、40年は遅れていない。 

これを指摘するのは、日本が過小評価されていることの国粋的な憤りを表したり、他者は不潔なものと描かれるとかいうカルスタ系のことを言いたいからではなく、この、日本の衛生状態を非常に遅れたものと捉える知覚が、後のGHQの占領政策・公衆衛生政策に大きな影響を与えた可能性があるからである。GHQの公衆衛生政策は、もちろん全体としてはポジティヴに捉える研究者が多く、それはおそらく真理の一面をついているのだろうけれども、その一方で、DDTを子供の頭にぶちまけるといった、不必要にドラコニアンだった政策もある。それを含めて、GHQの政策をもう一度考え直してみようという動きがあって、どんな展望が出てくるのか、ちょっと楽しみである。