『酒道楽』

しばらく前に読んだ村井玄斎『食道楽』が面白かったので、同じ著者の『酒道楽』を読む。『食道楽』と同じ黒岩比佐子の解説で、岩波文庫版で出ている。

二人の主人公が酒が原因で繰り返すしくじりを、家庭ドラマを織り込んでコメディ風に描いた作品。酒の飲みすぎでの失敗のたびごとに禁酒を誓うが意志が弱い二人の男が、酒山登と百川降。百川の妻は、ソブライエティの上に築かれる西洋風の「文明化した」家庭を信奉していて、百川のしくじりをなじり、禁酒を説き続ける。賢女の鑑で西洋帰りの独身の美女の鈴子さん、人品高潔な学究で箱根の山で理想の家庭を築きつつある山住清、それに大酒のみの年増の芸者で下品だが情が深い猩々芸者と、にぎやかな個性を揃えたドタバタ喜劇もサービスしている。

アルコール中毒の害を百川の妻が説く段で、東大の精神科の片山国嘉や呉秀三の名前が出てきたのは驚いた。前作もそうだったけれども、近代医学による飲食の規律化は、教養を備えた主婦がいる近代家族の形成と軌を一にして行われたことがよく分かる。『食道楽』では、食べ物というのはこれはもともと女が深くかかわっていたから、あまり事件がなくて、家政学の原理と実地と登場人物がひたすら話し続ければよかったが、『酒道楽』は、話の都合上、家で飲む酒ばかりではなく、待合だとか芸者だとかそういった場を話しに持ち込まなければならなかったのだろう。