『風車小屋だより』

しばらく前に深い理由なしに買って、たまたま手元にあったアルフォンス・ドーデの『風車小屋だより』を読む。岩波文庫の古い訳。

ドーデはパリ在住の文人だったが、時折プロヴァンスを訪れていて、田舎からの便りという形で素朴な人生の価値をうたって文章にしていた。短いお話を集めたもので、その中の「コルネイユ親方の秘密」と「スガンさんのやぎ」は子供向けの作品に仕立てられることが多いのだと思う。私は愛読していた。今回読んで、「スガンさんのやぎ」は、若く無鉄砲な雌のやぎが家から飛び出して狼に出会い、夜っぴて狼に抵抗したけれども、最後には食べられてしまうという話で、言われてみればあたりまえのことだけれども、性的な艶笑の含み笑いも入っていることに初めて気がついた。そういう、子供向けの話からは抜かれている要素もあるけれども、全体の雰囲気としては、子供のころに読んだ話からうける印象とそんなに変わらない。お話の輪郭がくっきりとしていて、懐かしいふくらみがあり、そのふくらみの中にナイーヴだけれども貴重な人生の教訓めいたものが入っている。 いえ、決して、説教臭いとは思いませんよ、私は。  

パリではクリスマスの名物のみかんは人工の砂糖菓子だと思われているという話、黄金の脳みそを持って生まれ、人にせがまれるがままにその脳みそを削って売る男の話、修道院のリキュールの話など、フランス風の機知を、田舎風のお話にくるんだ、とても親しみやすい話ばかりである。黄金の脳みそを持つ男の話は、臓器売買の話の枕として使えますよ。