『精神保健福祉行政のあゆみ』




必要があって、『精神保健福祉行政のあゆみ』(東京:中央法規出版、2001)を読む。1950年に精神衛生法が施行されてから50周年を記念して出版された資料である。

1900年に制定された精神病者監護法は現在でも非常に評判が悪い法律である。私宅監置を制度化した法律であり、これは俗に言う座敷牢であるから、患者を格子の中に閉じ込める制度である。しかも、呉秀三という東大教授で日本の精神医学の父が、私宅監置の写真を数多く撮影し、その制度を糾弾する書物を出版している。それを受けて、精神医学者も反精神医学者も、この法律を糾弾することについては一致していて、この法律について、精神医療の関係者からも批判者からもポジティヴな発言を聞くことはめったにない。それで、この書物の編集委員の一人で、国立精神・神経センター精神保健研究所所長の吉川武彦という人物が、はじめてまともなこと(歴史的に見てまともなことという意味です)を言っていた。感動したから引用しておく。

精神障害者の人権保護を目的にして精神病者監護法が制定されたといっても言い過ぎではない。したがって、精神病者監護法は精神病者の私宅監置を許した「悪法」であるということが定説化しているが、(中略)このような決め付けには疑問を呈しないわけにはいなかいことも確かである。」

呉秀三の監護法に対する批判も、全面否定というよりも、監護法の欠点は法律上監督したり保護したりすることに重点を置いたことであり、医療上の監督や保護に関しては何ら触れなかったところであるというものだという。(42p) 法律の条文を普通に読み、相馬事件とか条約改正とか、いろいろな歴史的な条件を考えると、この解釈が正しいのは言うまでもない。また、監護法は不法監禁を罰するという側面を持っていたが、この側面は実は研究されていない。それから、精神病院の公費患者は、結核でばたばた倒れていたことを考えると、監置下の患者のほうが長生きした可能性もある。

精神保健研究所の所長が、歴史的な私宅監置に対する評価をはっきりと変えたことは、この業界でなにか風向きが変ったということなのかな。

法律の条文や法律提出の理由説明、基本データなどが掲載してある、便利な一冊である。かなり高いけれども、手元においておくことにした。

写真は昔使ったもの。 数年前にこれを出したときに、Hugo strikes back! という人気ブログの著者がリンクを張ってくださり、数日、信じられないほどの訪問者がいた。 こういう昔のことを思い出すということは、このブログも、だいぶ長く書いているということなんだなあ(感慨)。 呉の『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察 』、私宅監置の、高級なもの、普通のもの、低級なもの。 この書物は何度かリプリントが出ているけれども、いまは品切れらしい。 橋本明さんの解説で、岩波文庫などが収録してくれないかな。