横溝正史『髑髏検校』とストーカー『ドラキュラ』の精神病患者

『髑髏検校』
「髑髏検校」は金田一耕介もので有名な横溝正史が昭和14年に『奇譚』に分載した作品であり、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897)を忠実になぞって、舞台を将軍家斉の江戸に移し替えた吸血鬼ものである。『ドラキュラ』が、中世と伝奇のトランシルヴァニアとヴィクトリア朝の大英帝国のロンドンを結んだゴシックであるように、「髑髏検校」は、九州の不知火の孤島にいる天草四郎の怨霊が爛熟した化政期の江戸に移動して吸血を繰り広げる物語である。ドラキュラと闘うのがヴァン・ヘルシング率いる医師たちだとすれば、髑髏検校と闘うのは鳥居蘭渓なる腕が立つ武士にして碩学の医師・蘭学者とその息子や弟子である。狼や蝙蝠や葫(ニンニク)などのアイテムもほぼ一致して使われている。基本的には、大胆な翻案と言ってもいいような作品だから、共通点を本気になって探せばたくさんあるだろう。

心に留めなければならないのは、多くの人はもう予想していると思うけれども(笑)、両者の物語で鍵になる役割を果たす精神病患者の問題である。『ドラキュラ』には、精神病医の医者が経営する精神病院に収容されているレンフィールドというキャラクターが登場する。ハエやクモや鳥などを食べて過ごし、「動物食狂」という病名をつけられている。レンフィールドはドラキュラがロンドンで機能するために選んだ人物で、最後には良心に従ってドラキュラを裏切って殺される。一方で「髑髏検校」でそれに対応する役は、鳥居蘭渓の長男で座敷牢に閉じ込められたことになっている狂人で、蜘蛛を飼ってそれらに蠅を与えたり、血を飲む嗜好を持っている。この狂人は髑髏検校の命により座敷牢から解放されて手下として働くが、最後には父親の鳥居に切り殺されるという設定である。ちなみに、私宅監置されている精神病患者が蜘蛛を愛好し血を飲むという設定は、横溝の戦後の作品である『幽霊男』にも用いられている。

外国の学会などで座敷牢や私宅監置の話を始める導入として使える話であると同時に、昭和14年の私宅監置についてのイメージの結晶を論じるときにも役にたつ。

これで、角川文庫の横溝正史の作品をすべて読み終えたことにする。他にもまだあるらしいが、もういい(笑)。江戸川乱歩も8巻本の全集を読んだので基本的な部分は読んだ。次は小酒井不木の作品群だが、これは、青空文庫経由で無料のKindle 版が数えきれないほどある。