必要があって、古典古代の夢と医学についての論文を読む。文献は、Pearcy, Lee T., “Theme, Dream, and Narrative: Reading the Sacred Tales of Aelius Aristides”, Transactions of the American Philological Association, 118(1988), 377-391.
宗教的な治療の重要な要素が「夢を見させてお告げを得る」という行為である。これは日本にもあるが、西洋の古代医学には有名な医神アスクレピオスの神殿という治療所があり、このシステムのもとでは患者は夢を見て、その夢のお告げに従った治療をすることになっていた。紀元2世紀にアエリウス・アリスティデスが書いた『神聖な物語』も、アスクレピウスが彼に送った130の夢と、それに基いた治療が成功したことを中心にした物語である。この論文は、「神に送られて自分が見た夢が、『正しかった』ことを物語る」という、語りの構造を分析したものである。アエリウス自身も認めているように、その物語には二つの水準がある。一つは、夢を記録したもの(アポグラフェー)、もう一つは、それを通じて神の業を物語ったものである。ふつうは、前者を素材にして後者ができると考えるのが普通である。しかし、このテキストはそのような構造でできはしなかった。アエリウスも前者の存在を認めているが、それはあまりにも混沌としたものだから、そこから物語を作ることはしなかったという。夢の物語は、現実の夢の記録に較べると、メタレヴェルの水準を参照して作られなければならなかった。それは、時間的継起の順序や持続時間、あるいは素材のジャンルの制限から自由になって、神の正しさを語るものでなければならなかった。
予想していた内容とはだいぶ違ったけれども、洗練された物語論の議論で素晴らしかった。