石井香江「『詐病』への意志―『災害神経症』をめぐる<知>のせめぎあい」

石井香江「『詐病』への意志―『災害神経症』をめぐる<知>のせめぎあい」川越修・辻英史『社会国家を生きる―20世紀ドイツにおける国家・共同性・個人』(東京)法政大学出版局、2008 )171-205.
「災害神経症」は、PTSDなどの起源になっている神経症の疾患で、この30年くらいに重点的に研究され、精神医学史研究の中では一つのインダストリーになっている。シュヴェルブシュなどの文化史研究が最初に注目した鉄道事故の神経的後遺症の「鉄道神経症」や、第一次世界大戦中に注目された戦争神経症(シェルショック)など、さまざまな名前で呼ばれた。それを対象とした医学書、論文などを、19世紀から20世紀にかけて学術雑誌などに出版されたものを300点選んで、その内容を分析するという手法である。そして、近代を生きる個人が心的領域をもつようになったこと、これに注目する<知>を分析しようというのが大きなねらいになっている。自省する主体としての個人に注目し、心因性の機能障害とする神経症、そして「意志」の問題が論じられているという議論になっている。

優れた論文で、きっと高く評価されているのだろうと思う。しかし、近代の心的領域とかその手の大きな話は、正直、何を論じているのか私にはぴんとこない。古代や中世と対比したいようだけれども、具体的には、どの時代の誰の何と較べているのだろうか。それとも、較べるものがないほど、新しいというのだろうか。それから、300件の論文を分析の対象とするという手法に対しては、私は大きな違和感を持っている。ドイツの歴史学者や医学史の研究者の間では、この手法が人気があるのだろうか。