ルネ・デュボス『パストゥール―世紀を超えた生命科学への洞察』トーマス・D・ブロック編集、長木大三・岸田綱太郎・田口文章訳(東京:学会出版センター、1996)
ルネ・デュボスはフランスからアメリカに渡った医学者である。専門は微生物学で、生態系や社会の中で感染症と疾患を考える方向を打ち出していたから、環境医学・社会医学と呼ばれる方向とも親和した。最もよく知られているのは、医療と社会と関係を深く論じた『健康という幻想』である。結核についての書物(『白い疫病』)もあるが、これは大家の筆すさびの趣きがある。たまたま Wikipaedia を調べていて知ったのだが、”Think globally, act locally” という成句はもともとはデュボスが作ったとのこと。
デュボスは1950年にパストゥールの知的伝記を書いた。デュボスの死後の1988年に、デュボスのオリジナルの文章に図版を数多く加え、さらにデュボスがパストゥール医学の環境・社会的な側面について書いた文章を一つの章として付け加えた新しい版が出版された。なお、日本語訳の書誌情報のどこでも表記されていないが、この版にはアメリカの優れた科学史家でパストゥール論を書いているジェラルド・ジェイソンが序文を寄せており、この序文がデュボスとパストゥールについて深い洞察を持つ素晴らしいものである。その中でジェイソンが「人々はこの簡潔でわかりやすいパストゥールの紹介を読みたいと思うだろう」と書いているが、まさにその通りであり、知的業績のコアの部分を取り上げた解説は必携である。訳文は悪くないけれども、英語版も買っておくことにする。