長期持続の受療の歴史―近世イングランドの薬の輸入

Wallis, Patrick, “Exotic Drugs and English Medicine: England’s Drug Trade, c.1550-c.1800”, Social History of Medicine, vol.25, no.1, 2012: 20-46.
パトリック・ウォリスはLSEの先生で、17世紀から19世紀までの医療と経済について水準が高い研究を数多く出版しており、注目の研究者の一人である。この論文は、経済史の研究者の一つの持ち味である、ある指標を取って長いタイムスパンで分析する手法を使って近世イギリスの薬種の輸入を研究したものであり、少し前から待望していた研究成果である。この論文と、この系列で出てくるだろう一連の論文は、消費社会の成立と患者の受療行動の歴史についての最も重要な議論の基礎を作るだろう。必読の論文。

さてお楽しみの議論である(笑)いくつかの重要なポイントのうち、まずは薬の輸入の成長の時期について。データをそろえた1567年から1774年までについて、もちろん薬の輸入は急激に成長している。さまざまな標準化をしてみると、年商2,400 ポンドから23万ポンドに成長するから、ほぼ100倍の増加ということになる。最も大きな増加は17世紀中におきている。輸入した薬種が急増した時期は、これまでの研究でわかっている医療へのサービスの急増の時期とほぼ重なる。1620年から1690年にかけて、医療サービスは400-1000%の増加をしたというが、同じ時期に薬の輸入は10倍くらいに増えている。1700年くらいには、輸入された薬は特殊なぜいたく品でなく、人々に広く使われた薬になった。一方で、消費社会の到来と言われた1700年から1770年への変化はゆるやかなもので、2倍くらいの成長である。16世紀には北ヨーロッパ・南ヨーロッパからの輸入が100%だったものが、18世紀にはアメリカ・インドが75%くらいをしめる長距離貿易となった。輸入された薬の内実であるが、たしかに流行薬の盛衰はあるが、1600年から1800年にかけて、その大きな枠組みについて大きな変化はないという。17世紀の医療サービスの増大については、パラケルスス派の医学の役割が大きかったという議論がされている。しかし、同じ時期の輸入薬の増加にはパラケルスス派医学の影響を読み取ることはできず、ガレノスの医学・医薬の拡大にあたると考えたほうがいいという。

やや驚いたこと(成長の時期)、やっぱりと確認したこと(ガレノスの枠組み)の双方があるが、「長い持続」の受療の歴史のパイオニアになる仕事である。