幸田露伴は博覧強記が似合う人物で、露伴全集の「考証」はどれを読んでも面白い。たぶん有名な作品だろうが、第19巻に収録された「将棋雑考」を初めて読んだところ、記憶に残る傑作だった。西洋将棋・中国将棋・日本将棋について、さまざまな文献からそれぞれの起源を考証する論考である。基本的には、どれについてもさまざまな説があってよく分かっていないというのだが、色々な説や断片を説明する筆が冴えていて、なんとも魅力的に書いている。たとえば、こんなくだりはどうだろうか。
日本に将棋(象戯・象棋)が出てくるとき、初期には大将棋や中将棋という言葉が出てくる。そんなものが本当にあったのかというと、実在したという記述がある。現在の将棋は9×9の盤に一軍の駒は20枚であるが、中将棋は12×12で、王将、金将、銀将、歩兵といった駒以外に、酔象、麒麟、鳳凰、奔王、獅子がある。大将棋は15×15で、一軍に駒が65枚。その上に大々将棋は17×17の盤に駒は一軍に96枚。さらに上に魔訶将棋というのがあり、これは19×19の盤で一軍は96枚だが、「成る」というルールがあって、玉将が成ると「自在天王」になり、他の駒を超えて盤上のいずれにも行くことができる。さらにこの上に泰将棋なるものがあり、それは25×25の盤で、駒は一軍が177枚だという。
・・・のように書いてあるが、後ろのほうで挙げられているものは、いろいろな不自然さから考えて、きっと作者がその場で適当に創作した実在しない将棋なのだろう、というのが露伴ならではの締めである。
ああ、よかった(笑)「自在天王」とか、どうしたら詰ませることができるのか、心配しながら読みました。