歴史学が視覚の情報に一極的に依存してきたという批判はその通りである。文字をはじめ、歴史学者が使う資料は圧倒的に視覚によるものである。他の感覚も必要であり、研究があちこちで進んでいる。それらを読んでみると楽しい。音、嗅覚、触覚と医学史という主題は20年前くらいには論文集になっていて、研究が進んでいる。私自身も、今回の新作では、東京の精神病院の音について資料に基づいて再構成してみようと思っている。
その練習のつもりで。中世から初期近代のヨーロッパと日本におけるハンセン病の音について、簡単なメモ。
出発点は大英図書館のツィートに、モーツアルトの誕生日を祝して中世の写本の楽譜のMSのイリュミネーションが添付されていたこと。私は中世史のことはまったく分からないが、15世紀の初期の写本とのこと。(site1)その余白にハンセン病の患者をあらわすイリュミネーションがあったのがおどろき。このイラストは、患者がどこにいるか分かるように鐘を腰につけているもので、医学史の教師ならだれでも知っているイラストである。中世のハンセン病についての書物の表紙にも使われている。(site2)正直言って、この写本にあるとは知らなかったし、なによりも、楽譜の横にあしらわれているとも知らなかった。ハンセン病と音楽は関係があったのだろうか。
もちろん中世の患者は居場所が分かるように、外出するときには鐘や鈴を腰につけるように命じられていた。木片を重ねて音が出るようにしたスラップスティックのようなものを腰に付けている画像もある。中世ヨーロッパのハンセン病の患者は音を立てる存在であったことは間違いない。聖フランシスを描いたロッセリーニの映画でも、ハンセン病患者は歩いてくるときの鈴の音という聴覚情報が全面に出てくる場面になっている。(site3)
日本ではどうだっただろう。私が知っている乏しい知識だと、ハンセン病患者が「物吉」として大声で物乞いをして勧進したという。手元の資料を見ると、「ものよし」「なりんぼ」などの近くに音楽と関連がある芸能関連の記事はもちろんある。しかし、ハンセン病患者が楽器めいたもので音を立てていたとは書いていない。
1. 大英図書館:中世の写本
2. Peter Richards, Medieval Leper and His Northern Heirs
これは松崎裕子さまにツィッターで教えていただいた。@yuko_matsuzaki 2014年1月28日 14時46分
http://www.youtube.com/watch?v=LDg1b7hzcKM