パヴロフと二つの生理学の方法

ハ・エス・コトヤンツ「イワン・ペトロヴィッチ・パヴロフとその業績の意義」『パヴロフ選集』東大ソ医研訳、上・下巻(東京:合同出版社、1962)、上巻, 9-48ページ.

パヴロフの条件反射の実験とそのインパクトについて考えたことをメモ。生理学の内部で二つの異なった方法があり、パヴロフはそのうち一つの手法を高く評価し、もう一方には敵対心を持っていたこと。なぜこんなことをメモするかというと、その生理学の方法論や実験の手法の問題が、条件反射学説が20世紀に与えた影響と関係があるかどうかという問題があるかのように思うから。

 生理学の二つの手法は、パヴロフの弟子によるこの文章では、分析生理学と総合生理学と呼ばれている。前者は個々の細胞や筋肉、組織などに分解された状態での生理学を研究するものであり、後者は、動物の「全一性」が保たれていること、そして「環境条件」「生存条件」との正常な相関関係を持っていることなどが特徴であると読める。パヴロフはむろん後者の方法を用いて、条件反射の有名な実験や、それ以前の消化などの実験を行っていた。つまり、動物が普通の環境で生きている状態に近い実験室で実験を行うことができた。そのためには、パヴロフは実験の対象となる動物に、外科手術的な方法を用いて変更を加えることを行った。これが、生体の個々の部分ではなく、全体としての生き物の個体を研究するための方法であった。前者の分析的というか、個々の生態を組織や細胞に分割して研究する方法は、当時の生理学では主流でありそのような研究も多かったが、パヴロフは雑誌の最新号を見て、そのような分析的な論文が多いと、無価値であると嘆いていたということである(サモイロフなる弟子が書いている)。「総合生理学」の実験の手法が、パヴロフの条件反射の実験を可能にしたのであり、パヴロフはその方法の価値を信じていた。

 総合生理学の方法と、条件反射が20世紀に与えたインパクトの関係はどうなのだろうか?常識的に考えて、シャーレや試験管の中の実験と、生きて普通の個体であり、なおかつその動物にとって普通の生活に近い環境における実験では、後者のほうがわかりやすい。また、実際の生活に適用しやすいという印象を持つ。この文章の言葉を使うと「生活現象」に実験的な研究を適用するということになる。生活環境におかれた動物と人間に刺激を与えて、条件反射を形成させるという実験の形になっていた。生活を真似した実験であったといえる。