高林陽展「20世紀前半イギリスにおける教会・心理学者・精神科医の相克‐スピリチュアル・ヒーリング問題をめぐって‐」『清泉女子大学キリスト教文化研究所年報』22巻(2014), 58-85.
20世紀前半、特に第一次大戦後のイギリスを中心にして、スピリチュアル・ヒーリングという治療のテクニックに対して、それがかかわる国教会、心理学者、精神科医がどのように対応したかを論じた優れた論文。スピリチュアル・ヒーリング自体は、魂と身体のいやしにかかわる職業と制度から外れた部分から出てきて大きな人気を得たが、それにより確立された職業と医学・科学がどのように対応したかという、専門職の対応を分析したものである。近代化がすすむ時代状況において、超自然的なものへの信仰もまた勢いを増したのであるが、聖職者、心理学者、精神科医が、精神なり魂なりを、誰が、どのような正当性を持つ方法で治療しいやすことが可能であるかを、相互の緊張関係の中で各々の専門職の利益になるように設定しようとした。
この時期のスピリチュアル・ヒーリングといえば、シャーロック・ホームズものの著者であるアーサー・コナン・ドイルが有名であるが、J.M. Hickson (1868-1933)が貴族の支持、特に女性貴族の支持を得て国際的にも活躍した。てかざしと聖油を用いたという。世界ツアーも行い、聖バルナバ教会の招きで日本の草津でハンセン病患者の治療もおこなった。彼の治療はもともと身体病も含んでいたが、当時の精神医療のありかたも批判したという。もう一つは、19世紀の末にアメリカから移入されたクリスチャン・サイエンスであり、物質主義を否定して魂のいやしのために祈りを導入して人気を得た。
これに対して、イングランド国教会、心理学者、精神科医は、周縁部から来たこの治療法を拒絶するのではなく、むしろその良い点を評価して取り込もうという態度を見せた。「協力関係を築こうとした」とある。たとえば精神科医を例にとると、そこから霊的な部分を切り落とすことで、暗示の心理学が有効であるという部分を取り出し、それを通じて聖職者との協力関係を作り上げ、暗示の心理学を精神医学の中に取り込もうとした。それを通じて、精神科医としての専門家の権威を保全し拡大することが彼らの戦略であった。
高林先生のような優れた学者であればもちろんご承知だと思うが、教科書的な批判をさせていただくと、専門職からの視点に基づいた論考で、患者がいない療法の歴史であるということは、指摘させていただく。