シェイクスピアの義理の息子である17世紀の医師の症例誌

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Lane, J. (1996). John Hall and his patients : casebook of a Stratford practitioner: Alan Sutton.
 
大学院の授業で良いテキストを取り上げることができた。基本は17世紀のイギリスの医師の症例記録である。医師の名前は John Hall (1575-1635) である。ケンブリッジで学び、おそらくモンペリエで医学をさらに学んだのではないかと考えられている。学位の記録のようなものはない。彼が有名になったのは、優れた症例誌を残しているからである。ストラトフォード・アポン・エイヴォンとその周囲にかなり広がっている地域から訪ねてきた患者についての記録であり、それぞれの患者について別の情報を調べることができる。そのために、症例誌を一つの史料だけではなく複数のタイプの史料から立体的に理解することができる。もう一つの面白い理由は、シェイクスピアの娘のスザンナと結婚して、シェイクスピアを研究している学者たちが、この医者とシェイクスピアの間に密接な関係があったかどうかを論じたこと、シェイクスピアの作品に登場するのかどうかという理由であるが、私はそこまで勉強している時間がない。
 
ホールはピューリタンである。この症例誌がピューリタンの医師が書いたものかどうかというのは、たぶんそうであろうと思う。治療法の詳細の前後を「神の意志に従って」「神が祝福して」というような神の中心的な構文を入れることが多い。ただ、キリスト教の教派という要因がどこまで処方に関与したのかはわからない。また、患者の側が、あらかじめ知っていた特定の処方を希望するという習慣は、この時期にはむしろ一般的であったから、処方を決める力がかなり患者の側にあることも事実である。学部の学生は、この史料などを落ち着いて読むと、17世紀の臨床の構造がよくわかる。
 
治療というのは、医学史の中でも学術的に高い水準の問題である。この症例誌は、150ほどの患者について、それぞれに行った治療の細かい方法をきちんと詳細に書くことが中心であるものである。そして、治療の歴史は、処方の読み方、略語を用いられている薬は何か、重さの単位は何かといった予備知識がたくさん必要である。この予備知識は、本気になればそれほど難しくはないと思う。ただ、私がその知識を完璧にマスターしないとできない研究をしたことはない。一度治療法について学術的な論文を書いたけれども、それは電気ショック療法などの特定の療法を調べたものであり、患者が毎日貰っている薬の処方は残っているのだが、読むのがかなり難しい。今回の本のために、男女と私費公費の違いで、数十点ずつくらい選んで、毎日の処方をきちんと読む方法をマスターして書いてみよう。というか、私が読めるものを読んでみるというのかな(笑)
 
冒頭の写真は、17世紀のイングランドと20世紀の日本の精神病院の処方の部分である。薬剤の名称や重さの記号などが、うまく確定するのが最初は難しいのがよくわかると思います。